法然の生涯(五)求法」

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煩悶

保元元年(1156年)24歳の法然は南都遊学を終え、比叡山黒谷に戻りました。

「南都にも私が求めるものはなかった。
やはり自力で万巻の書を紐解くほか無いのか…」

法然は以前にもまして学問研究に没頭しました。五千巻余りもある「一切経」を五度読破し、天台宗だけでなくあらゆる宗派の理論と歴史を研究しました。

ことに恵心僧都の『往生要集』は繰り返し読みこみ、その出典として引用されている善導大師の教えにも導かれて行きました。またしばしば都へ赴き、寺々で教えを請うたり講義したりしました。

「法然さまはまこと勉強熱心だ」
「さすがは智慧第一の法然房」

周囲は感心して言いました。しかし、それほどまでに学問しても解脱に到る道はおろか、父を殺した明石定明への憎しみはしばしば身を焦がし、

また、嵯峨の清涼寺で見た救いを求める貧しい人々のことを思うと、自分のような者にできることは、何も無いと、絶望にさいなまれるのでした。

出離の道にわづらいて、身心やすからず

出家したものの、いっこうに解脱に到る道はみつからず、体も心も弱り果てている。また、こうも書いています。

わが心に相応する法門ありや、わが身にたへたる修行やあると、よろずの智者にもとめ、もろもろの学者にとぶらひしに、をしゆる人もなく、しめすともがらもなし
『和語燈録』

私の心にぴったりな宗派はあるか、私の身にあう修行はあるだろうかと、いろいろな知恵ある者に求め、あらゆる学者を訪ねたが、教える人もなく、示すところも無い。

(つくづく私は無能だ。智慧第一?とんでもない)

回心

承安(じょうあん)5年(1175年)春のある夜。43歳の法然は善導大師の『観経疏』に読みふけっていました。『観経疏』は経典『観無量寿経』の注釈書です。その中の一節が、法然の眼に留まります。

「これだ…ついに、見つけたぞ!」

何事かと弟子が灯をともして来てみると、法然は目をらんらんと輝かせ、書物に読み入っていました。

「法然さま、いかがなさいました…?」

「ついに見つけたんだよ。ああ、どうして今まで気づかなかったんだろう。
『観経疏』は何度も読んでいたのに…!」

法然が心に留めたのは、わずか34文字からなる文章でした。

一心専念称弥陀名号、行住坐臥不問時節久近、念々不捨者是名定之業、順彼仏願故

一心に専ら弥陀の名号を念じて、行住坐臥、時節を問わず久近(くごん)を問わず、念々に捨てざるもの、これを正定(しょうじょう)の業(ごう)と名づく。かの仏の願に準ずるが故に。

一心にひたすら阿弥陀仏のお名前を唱えることを、どんな時も時間の長い短いを問わず、心に留めてやめないことを、往生のための正しい行いと言うのだ。それこそが弥陀の本願にかなうことなのだから。

つまり、ひたすら念仏することだけが、往生に到る道だと。専修念仏の教えです。そして法然が専修念仏の教えを見出したこの瞬間こそ、日本仏教界にとって記念すべき、浄土宗のはじまりとなりました。

ただ念仏しろ。単純です。簡単です。

しかし法然はこの一文をパッと見て「あっ、そうか」と、そんな単純に悟ったわけではありません。過去20年以上に渡って、法然は繰り返し、『観経疏』を読み、この一文も読んでいました。

にも関わらず、43歳のこの時点で、はじめて法然の心にすっとこの一文が語りかけてきたのです。

それは、この一文が法然を捕えるまでに、それだけの長い時間、悩みと迷いに、のたうち回る時間が必要だったと言えます。

さてここで、法然が読んでいた『観経疏』は経典『観無量寿経』を注釈したものです。なので、法然が何を見出したか知るには『観無量寿経』について、知らなければなりません。

『観無量寿経』は古代インドのアジャセ王子についての、オペラのような壮大な物語です。法然にとって『観無量寿経』を読み解くことは、そのまま自分自身の心を掘り下げる作業でもありました。

いや法然だけでなく、誰の心の内にもある悪や罪の問題を、鑑のように映し出す。それが『観無量寿経』に記されたアジャセ王子の物語です。今こそ法然とともに、この物語に踏み入っていきましょう。

次回、「王舎城の悲劇」です。この先はいわゆる劇中劇となり、ちょっと入り組んだ話になってきますので、「どんどん話を先に進めたい」という方は第九回「吉水」に飛んでください。

本日も左大臣光永がお話しました。ありがとうございます。

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解説:左大臣光永

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