法然の生涯(六)王舎城の悲劇

こんにちは。左大臣光永です。秋ですね。私は運動のため毎日池袋まで行きかえり2キロずつ往復するのですが、夏の間はさすがに汗が噴き出して、ツライものがありました。ようやく涼しくなってきましたので、歩く速度を上げることもでき、快適にウォーキングできます。

さて

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にあわせ、「法然の生涯」をお送りしています。本日は第六回「王舎城の悲劇」です。

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法然は比叡山で学問研究に励むうちに、しだいに唐の善導大師の『観経疏』に惹かれていきました。『観経疏』は経典『観無量寿経』の注釈書です。

『観無量寿経』は古代インドのアジャセ王子についての、オペラのような壮大な物語です。法然にとって『観無量寿経』を読み解くことは、そのまま自分の心を掘り下げる作業でもありました。

いや法然だけでなく、誰の心の内にもある悪や罪の問題を、鑑のように映し出す。それが『観無量寿経』に記されたアジャセ王子の物語です。本日は法然とともに、アジャセ王子の物語に踏み入っていきます。

アジャセ王子のクーデター

2600年ほど前の古代北インド・マガダ国。

王子アジャセ(阿闍世)は、悪友ダイバダッタ(提婆達多)にそそのかされ、父王ビンビサーラを捕え、七重の壁に囲まれた牢屋に閉じ込めました。

「よいか。王に食事を与えてはならんし、誰も牢獄に近づけてはならんぞ!」

「ははっ」

ダイバダッタは釈迦の弟子ですが、かねてから釈迦の人気に嫉妬しており、悪い心を持っていました。それで、アジャセ王子をたぶらかして、クーデターを起こさせました。

王妃イダイケ(韋堤希)は、深く悲しみ衝撃を受けました。夫が息子に捕えられるという前代未聞の事態です。

「だけど、ここで私がシッカリしなくては。王の命があぶない」

そこでイダイケは体をキレイに洗い、ヨーグルトと蜂蜜を混ぜた小麦粉を肌に塗りこみ、玉飾りの中にフトモモの実の果汁を入れて、ひそかに夫の幽閉されている牢獄を訪れ、飲み食いさせました。

「うう…ごくごく。ぶはあ。生き返った」
「あなた、気を確かに持ってください。けしてあなたを死なせはしません」
「ああそれにしてもひどいことになったものだ!」

モッガーラーナ尊者とフルナ尊者

ビンビサーラ王は牢獄の窓から、はるかに釈尊のまします霊鷲山(りょうじゅせん)を仰ぎ、ひざまづきます。

「釈尊よ、どうか私に戒を授け、説法をしてください」

霊鷲山では、釈迦が、ビンビサーラ王の願いを察知しておられました。

「王の危機です。わが弟子たちよ。行ってくれますか」
「御意に」「御意に」

強い神通力を持った目連(モッガーラーナ)尊者と説法のうまい富楼那(フルナ)尊者が選ばれます。でやっと念じると、すーーと二人の体ははるか王舎城まで飛び、空から、ビンビサーラ王の幽閉されている牢獄へ降り立ちます。

「わあっ、何だ、お前たちは!」

牢番は刀をもって斬りかかろうとしますが、モッガーラーナとフルナはひらり、ひらりとかわし、ぜんぜん斬れませんでした。

「では王よ、戒を授け、説法をしましょう」
「おお!ありがたい」

以後20日間にわたって『法華経』の説法が行われました。

二大臣の諌め

21日目に、アジャセ王子は牢番に尋ねます。

「王はまだ生きているのか!」

「は…それが!王妃さまが、ヨーグルトと蜂蜜を混ぜた小麦粉を肌に塗りこみ、玉飾りの中にフトモモの実の果汁を入れて、たびたび牢獄を訪れては、王に差し上げています。その上モッガーラーナ尊者とフルナ尊者が空からやってきて、王に説法をしています。いつも止めるのですが、どうしても止められません」

「なに母が!!それにモッガーラーナ尊者とフルナ尊者であると!ぐぬぬ…許せぬ!!わが母は賊である。賊の仲間である。そしてモッガーラーナとフルナは悪人である。幻惑の呪術をもって、悪の王を生き延びさせるとは!!」

ジャキイイイン

アジャセは剣を抜くと、母上、母上!!まあアジャセ、何をそんなに、あっ、ああっ!

ドダーーーン

アジャセは母イダイケの髪の毛を掴んで引き倒し、

「裏切り者がっ!」ジャキーーーンと剣を振り上げた、その腕を、

「なりませぬ!」

ガシイッ

背後から取り押えたのは、二人の大臣・ガッコウ(月光)とギバ(耆婆)でした。
知恵にすぐれた月光大臣が、アジャセ王子に申し上げます。

「大王よ、私は聴いております。『ヴェーダ』という経典によると、古代より王位を簒奪するために父を殺害した例は一万八千にのぼります。しかし、非道にも生みの母を殺害したという例は、未だこれを聞きません。大王がもしそのような悪逆非道をなすなら、クシャトリアの名誉を汚すことになりましょう。それは、チャンダーラのすることです。であれば私どもは王を王として城に置いておくわけにはまいりません」

クシャトリアはカースト制度における王侯貴族のことで、チャンダーラは四つのカーストのさらに下に位置する、人間としても認められない不可触民のことです。

言い終わると二人の大臣は剣の柄に手をかけながら、じりじりと後ろに下がりました。

アジャセ王子は、忠実な二人の大臣が本気で自分をいさめていることに驚きうろたえました。そしてギバに言いました。

「お前も私を見捨てるのか?」

「そうではありません。どうかご自重なさって、母君を害することはおよしください」

「…そうか。たしかにこれは、余の過ちであった」

カラン。

剣を投げ捨てるアジャセ王。

「ああ…それでこそわが君」

「ただし!母が賊であるという事実は変わらぬ。閉じ込めておけ。けして逃がしてはならぬぞ!!」

幽閉されたイダイケ

「ああ…なんてことになってしまったのかしら。あの子が、私を閉じ込めるなんて!」

イダイケ王妃は、わが子アジャセによって幽閉されている状況につくづく悲しみ嘆きます。

「この上は、釈尊におすがりする他無い…。はるか霊鷲山(りょうじゅせん)にまします如来世尊(せそん)よ。以前よくたびたび貴方はアーナンダ(阿難)尊者を遣わして私を慰めてくださいました。私は今深い悲しみに沈んでいます。しかし世尊みずからのお出ましを願うのは恐れ多いですから、お弟子さまのモッガーラーナ(目連)尊者とアーナンダ(阿難)尊者をつかわしてください」

霊鷲山にてイダイケ王妃の願いを察知された釈迦は、二人の弟子モッガーラーナ(目連)尊者とアーナンダ(阿難)尊者を伴って、イダイケ王妃の幽閉されている牢獄へ、お越しになりました。

「ああ、ありがたいこと!」

礼拝を終えたイダイケ王妃が顔を上げると、なんと、そこに釈尊がおられました。御顔は金色に輝き、宝石をちりばめた蓮華に座り、その左にモッガーラーナ尊者が、右にアーナンダ尊者がいらっしゃいました。

釈迦の沈黙

「ああ!!」

イダイケ王妃は身に着けていた玉飾りを引きちぎり、ばっと身を投げ出し号泣しました。

「世尊よ!私は前世でどんな罪を犯したせいで、あのような悪に満ちた子を授かったのでしょう。そして世尊よ。あなたは私の息子をそそのかしたダイバダッタを弟子とされています。これは、どういうわけですか!」

恨みと愚痴をこめて、イダイケは釈迦に胸の内を吐き出しました。あなたはエライお釈迦様なんでしょう。だったらどうにかしてくださいよ、と。しかし釈迦は何も答えず、ただ黙って聴いていました。

その沈黙が、かえってイダイケに胸の内を吐き出させます。

「世尊よ、わがために憂い・悩みの無い世界を教えてください。こんなひどい世界にいたくないのです。この世は悪と憎しみに満ちています。今私は世尊の前に五体を投げ出し、懺悔します。どうか世尊よ、私に少しの曇りも無い清らかな世界を見せてください」

すると釈迦は、

ぴーーーーっ

眉間から金色の光を発し、その光はあまねく十方無量の世界を照らし、から立ち返って釈迦の頭の上に留まり、すとーっ。金色の台(うてな)に姿を変えます。それは須弥山のようで、あらゆる方角の仏たちの清らかな国土が、台の中に見えていました。

宝石をちりばめた国。蓮華で飾られた国。欲界(しきかい)のもっとも高い所にある自在天の宮殿のような国。水晶の鏡のような国。あらゆる方角の国々が、台の内に見えていました。

(ああ…なんと美しい)

その光景は、イダイケの目の前に広がっていました。
釈迦は、あらゆる方角の、仏の世界の美しいイメージを、イダイケに示したのでした。イダイケは言いました。

「世尊よ。これらの国々はどれも汚れなく光を放っていますが、私は阿弥陀仏のまします極楽浄土へ生れたい。願はくは極楽浄土を思い浮かべ阿弥陀仏とともに世界を観るすべをお示しください」

すると釈迦はほほえみ、口からぱーーーと五色の光が発します。その光は、幽閉されているビンビサーラ王を照らし、「お、おおお…」ビンビサーラ王はすでに視力を失っていましたが、心の目で釈迦を感じ、礼拝しました。

そして法然

法然は、アジャセ王子とビンビサーラ王・イダイケ王妃の物語を読み進めるうちに、殺された父・漆間時国のことが重なってきます。

(父は敵を許せと言った。
お前が敵に復讐すれば、今度はその子がまた、
お前を怨みに思って復讐するだろう。
そうなれば、この世は永遠に怨みが尽きることがないと…)

怨み・憎しみの連鎖。

漆間時国が明石定明を軽視したために怨みに思った明石定明が漆間時国を殺し、漆間時国の息子である勢至丸が明石定明に復習すれば、将来その子が怨みに思って勢至丸を殺す…

そんな憎しみの連鎖は、断ち切らなければならない。

そう父は幼い勢至丸に言ったのでした。憎しみの連鎖。

まさに、アジャセ王子が父ビンビサーラ王に反逆したのも、過去の、憎しみから出たことでした。

次回「アジャセ王子の出生」に続きます。

本日も左大臣光永がお話しました。ありがとうございます。

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解説:左大臣光永

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