八木邸と前川邸

こんにちは。左大臣光永です。
もう梅見は行かれましたでしょうか。これから
花見が楽しみな、わくわくする季節。家の中で作業をしていても、
ついふらふらと外に心惹かれます。いかがお過ごしでしょうか。

さて数回にわたって新選組の話をお届けしていますが、
長いですので、時々別の話題をはさみつつ、お送りしていきます。

本日は第十一回「八木邸と前川邸」です。

壬生浪士組が屯所を置いた八木源之丞邸はごく普通の民家です。
その中にもさらに小さな離れ座敷を、最初は使わせました。

壬生の八木邸

「こんなちっぽけな離れ屋敷では、
寝ている間にずぶっと槍を差して、
建物ごと持っていかれるんじゃないか」

原田左之助はそう言って笑いました。

壬生 八木邸跡
壬生 八木邸跡

壬生村
壬生村

壬生村
壬生村

しだいに壬生浪士組は遠慮がなくなり
母屋のほうにも進出してわがもの顔で歩き回るようになります。
八木一家は、あまり浪士組が騒ぐ時には
親戚の家に逃げ出すというありさまでした。

八木邸界隈は、現在でもごく寂しい通りですが、
当時はいっそう寂しく夜は真っ暗でした。

しかし浪士組は夜でも夜中でも大声で口論し、
詩を吟じ、すぐそばの島原から女を連れてきては大騒ぎするので、
静かな界隈にその騒がしさが、いっそう響き渡りました。

だんだら羽織の制服をまとい、
旗をはためかせて、提灯を持って隊士たちが
通りを行くと、壬生浪だ、壬生浪が通ると
人々は恐れたり、さげずんだり、恐れたりしました。

しかし浪士たちも暇な時は
日向ぼっこをしたり子供と遊んでやったり、のんびり過ごしていました。

沖田総司

中にも沖田総司は、近所の子供たちを引き連れて
鬼ごっこをやったり、壬生寺の境内を駆け回りました。

「おい、総司」

「あっ、近藤さん」
「総司、ちょっと、用事を頼まれてくれないか」
「すみません近藤さん、今、私が鬼なんです」
「なに。何だ鬼って」
「あっ、総司の兄ちゃんが来たぞ。逃げろーー」

ワーーと逃げていく子供たち。
「待てーっ。逃がさないぞ」
タタタタタターと追いかける沖田総司。

「こらっ総司、総司。まったく困った奴だ」

頭をかかえる近藤勇。

そんな場面も、ありました。

土方歳三

土方歳三は真っ黒な髪の毛がふさふさしていて、
眼がぱっちりして引き締まった顔立ちで、
むっつりと黙って、ほとんど発言しなかったそうです。

近藤より一歳年下ですが、見た目には
近藤より三四歳は若く見えました。

宿の主人八木源之丞の言うことに、

「薬屋の息子だとか聞いているが、
ちっともそんなふうに
見えなかった。ありゃあ役者みたいな男だった」

土方は農家の息子で薬屋ではないですが、
散薬を売り歩いていた話が主人の中でごっちゃになったようです。

山南敬助

山南敬助は仙台の出身で、背はあまり高くなく、
色の白い愛嬌のある顔をしていました。

学問もあり武芸も達者なので、
宿の主人八木源之丞にはきさくに話せる相手でした。

この山南敬助が黒の羽二重の紋付に同じ黒羽二重の
合わせを着ており、その袖口がぼろぼろに破れ、
合わせの所が刀の鍔ですり切れて、穴が開いていました。

ふところに入れた紙などがその穴から出てくるという有様で、
ある時、縁側に立って袖口のぼろをひっぱり出していたところを、
源之丞の息子に目撃されます。

「おっちゃん、ビンボウなのか」
「あっ…おっ、こりゃあ坊主に大変なところを
見られちまったなあ」

などと、山南は子供好きで、何かにつけて子供と話していました。

原田左之助

原田左之助は、気短がせかせかしており、
「斬れ、斬れ」と、事あるごとにキレました。

故郷伊予にいた頃ある者と口論になり、「切腹の作法も知らぬ下郎」
そう言われたことに腹を立て、切腹ぐらいできるわと、
ズバッとやったということです。酔っ払うと、
着物の前をはだけて腹を出して、ぺたぺたたたきながら、
「俺の腹は金物の味を知っているんだ」と
見せびらかしました。見ると、左の方から真一文字に腹を半分ばかり
斬った跡がありました。

試し斬り

浪士たちは暇な時にはよく日当たりのいい所に出て
刀の手入れをしました。

ある時、宿の主人八木源之丞が
刀の手入れをしている浪士に話しかけました。

「さすが、いいものようでございますね」
「うん当然だ。刀は武士の命ぞ」
「これは失礼いたしました。しかしそうとう斬れそうですね」
「斬れるも斬れないも無い。ためしにご覧に入れよう」
「えっ、いや、何も、私はそこまでは」
「なに、主人にはいつも世話になっておる。
その礼だから遠慮なさるな。でえい」

どすっ

「ひいい」

「きええええ」

ズガーーッ

「やややめてください」

手当たり次第に斬りつけました。こんな風だったので、
現在でも壬生の八木邸・前川邸の
柱には刀の傷跡が残っています。

芹沢鴨

ある時、芹沢鴨が主人八木源之丞から火鉢を借りていきましたが、
二三日すると、誰も知らない間に、そっと返してありました。

見ると、ざっくり
四五寸も斬り込んだ跡がありました。

あっと思った八木源之丞は、
すぐに芹沢のもとに抗議に行きます。

「芹沢さん、あんまりじゃないですか」

「いやどうも、済まん済まん」

芹沢は頭をかきながら謝ります。

「いったい、どなたが斬ったんですか」

「俺だ、俺だ」

芹沢は頭をかきながら、さっと逃げていきました。

「貸してください」

そう言って、浪士たちは何でも、借りていきました。
新選組もしだいにはぶりがよくなっていきましたが、
結成当初は貧乏で、弓も槍もないという状態だったので、

「貸してください」

「貸してください」

そう言っては、遠慮なく、何でも借りていきました。

そして誰もしらないうちに
そっと返してあるのを見ると、槍は柄が半分に折れている。
弓は弦がなくなったり、弓そのものが半分に折れている。
ある時などは槍の柄だけ戻って、先のほうはとうとう戻ってきませんでした。

八木邸から前川邸へ

壬生浪士組も人数が増えてくると、八木邸だけでは収容しきれなくなってきます。
そこで芹沢は向かいの前川邸にも強引に上がりこみます。

「ここを壬生浪士組第二の屯所として借り受ける。
以後、よろしく」

前川邸跡
前川邸跡

壬生村
壬生村

「冗談じゃない!」
「あんな乱暴ものたちと暮らすなんて、無理です!」

しかし、どうにもなりませんでした。

芹沢は強引に前川邸に上がりこみます。
八木邸のほうも完全に引き払うのではなく、
八木邸、前川邸両方を浪士たちが我が物顔で行き来するようになります。

前川邸は百四十六畳もの広さで
通路を馬四頭が並んで人が乗って通れたそうです。

「のびのびするなあ」
「これゃあ快適だ」

羽をのばす浪士たち。

広い裏庭には土蔵が建っており、
土蔵の横に砂山を築いて、大砲撃ちの訓練をしました。

ドーーン、ドーーン、

食事していたら、いきなりぶっ放つ音が響き、建物がゆれます。
生活してる人たちはたまったもんじゃ、ないです。

「もう、堪えられん!」

とうとう前川一家は壬生浪士組に屋敷をすべて明け渡し、
六角通りにある本家のほうに移ってしまいました。

次回「大坂力士との乱闘(一)」お楽しみに。

解説:左大臣光永