禁門の変(一)

こんにちは。左大臣光永です。

すっかり梅雨到来ですね。アジサイがしっとり雨に濡れて咲き誇っていました。

いかがお過ごしでしょうか?

私は最近、缶コーヒーを飲むのをやめました。以前、1日3本飲んでいたのですが、さすがに健康に悪いのと消費税増額ぶんくらいは取り戻せたかなって感じです。

それと、あさっての日曜日に新製品を発売しますので、お楽しみに。

現在、特典音声などを録音中です。

さて今日は新選組の第26回「禁門の変(一)」です。

紛糾する長州

元治元年(1684年)6月12日。

池田屋事件の際、長州藩邸に駆け込んで助かった有吉熊次郎が本国に到着し、事の次第をつげます。長州人が、新選組に次々と斬り殺されたことを!

「それ見たことか!同志が、多数殺されたのですぞ!もはや一刻も猶予なりませぬ!」

「一気に京都に攻め寄せるべし」

「みなさん、落ち着いてください。そんなことをすれば、長州はそれこそ逆賊です」

「桂さん、あんたのやり方は生ぬるい!これでは長州は永遠に浮き上がれませんぞ」

武力行使も辞さないという老中派と、あくまで穏便に解決をはかろうと慎重論を説く桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞一派との間で、議論が割れます。

しかし結局老中派の勢いは抑え難いものがあり、桂の引きとどめむなしく、6月16日、半ば暴発するように、福原越後率いる第一陣が長州を出発します。

長州追討の勅許

「長州、動く」

その報を受けて、京都御所では公卿たちがあわてふためいていました。

「ああ…どうしよう、どうしよう。やはり長州を刺激しすぎたのだ」

「きけば長州では、民百姓まで兵士として調練しているとか。ぶるぶる恐ろしい」

「都が、火の海になってしまう!!」

恐れおののく公卿たちに、中川宮が申しあげます。

「皆様方、落ち着かれよ。こうなった上は、戦は避けられませぬ。まずは主上より長州追討の勅許を賜ることが先決にござります」

中川宮はかねてから公武合体派であり、朝廷と幕府があゆみよるべきという考えであり、反長州派でした。昨年の八月十八日の政変を画策したのも、この中川宮でした。中川宮は、孝明天皇に奏上します。

「主上、長州のカン賊どもが、武力をふりかざし、都へ攻め上ってまいります。今こそ、長州追討の御勅許を」

「…ううむ長州の者どもには困ったものじゃ。何故に暴挙によって事を押し通そうとするのか…。すぐに長州を追討せよ」

長州 淀を通過

勅許が下りたころ、すでに長州は大阪の淀に至っていました。

福原越後は、淀城に赴くと、淀城主稲葉伊与守正邦(いなばいよのかみ まさくに)に面会を申し出ます。

「我々は、藩主敬親(たかちか)・定広(さだひろ)父子の赦免を訴えるべく京へ上ろうとしているのである。あくまで平和的な話し合いを望むものである。通されよ」

「しかし、あのような人員を引き連れて、武力をふるう気が無い、などと言われても、にわかには信じかねる」

「あれは護衛じゃ。文句があるなら、そのほうも容赦せぬぞ」

福原越後のバカでかい声に、稲葉伊代守は気押されてしまい、しばし待たれよと時間をかせげばいいものを、アッサリ通過させてしまいました。

長州の福原越後 淀を通過
長州の福原越後 淀を通過

双方の布陣

通過させた後で稲葉伊代守は不安になり、京都の会津候松平容保に使者を飛ばします。

「なに、長州が淀を通過した!」

知らせを受けた会津候松平容保は真っ青になり、すぐに京都の守りを固めます。会津藩士、見廻組、新選組を九条河原に出動させ、京都への各街道の守りを警護するよう、各藩に通達します。

6月末。

福原越後の長州勢は伏見の長州藩邸に入り、ここから兵力を三手に分けて京を取り囲みます。久坂玄瑞・真木和泉・益田右衛門介(ますだうえもんのすけ)率いる300人余は山崎天王山に。福原越後ら三百人余は伏見に。来島又兵衛(きじままたべえ)・国司信濃(くにししなの)率いる600人余は嵯峨・天龍寺に、京を取り囲むように、それぞれ布陣しました。

迎え撃つ幕府側は、

会津藩は神保内蔵助(じんぼうくらのすけ)率いる300余人が、葵の紋を染め抜いた旗をかかげて竹田街道の銭取橋を固め、幕府の見廻組は蒔田相模守(まいたさがみのかみ)率いる幕臣100余人、これも銭取橋を固め、新選組は近藤、土方以下局長助勤までは甲冑に身を固め、そのほかの隊員は浅葱色のだんだら羽織をまとい、これも銭取橋を固めます。

また西郷隆盛率いる薩摩勢が御所の九つの門の守りにつきます。

長州側、幕府側の配置
長州側、幕府側の配置

銭取橋は、京都と伏見を結ぶ竹田街道(国道24号線)と鴨川が交差する位置にありました。現在は勧進橋と呼ばれています。

双方向かい合い、にらみあい、まさに戦端が開かれようとしていました。

次回「禁門の変(二)」です。お楽しみに。本日も左大臣光永がお話いたしました。ありがとうございます。

解説:左大臣光永