池田屋事件(一)

こんにちは。左大臣光永です。日に日にムシ暑くなってきますね。今年の夏はいかばかりと思う昨今、いかがお過ごしでしょうか?まずは告知です。来週金曜日わたくし左大臣光永の「飛鳥・奈良の歴史を歩く」と題して講演を行います。今回は「乙巳の変」…中大兄皇子と中臣鎌足による蘇我入鹿暗殺事件の真相にせまる、ミステリ的な要素も、見どころです。お時間の都合がつかれる方は、ぜひお越しください。

さて本日は新選組の第二十二回「池田屋事件(一)」です。

枡谷踏み込み

元治元年(1864年)6月。

日に日に暑さが増してくる中、京都の町は祇園祭の準備にいそいそしていました。

この頃、昨年の八月十八日の政変で京都を追われた長州人が巻き返しをはかって多数京都に潜伏し、ひそかに反撃の機会を伺っていました。そのため新選組も捜索の手を強めていましたが、長州人の具体的な計画までは、掴めていませんでした。

そんな中、肥後藩の大物浪士・宮部鼎蔵の下僕を捕えることに成功し、拷問の末に宮部鼎蔵の潜伏場所を白状させます。

元治元年(1684年)6月5日早朝。

四条小橋西入ル真町(しじょうこばしにしいるしんちょう)で薪炭商(しんたんしょう)を営む枡屋喜衛門方の建物の前に、武田観柳斎以下、八名の新選組隊士の姿がありました。手下が白状したことによれば、ここに宮部鼎蔵が潜伏しているはず…

「新選組の御用改めである。そのまま動くなーーーっ」

ドカドカドカーー

「ひ、ひいいいっ!。何ですかあなた方は、あっ、あああーーっ」

「宮部鼎蔵はどこへ行った!」「知らん。わしは何も知らん」

隊士たちが店の中に踏み込んだところ、主人とおぼしき男が一人いるだけでした。しかしどうも挙動がおかしく、オドオドしています。男を捕縛し、店の中を隈なく探索していくと、押し入れの奥に穴が開いていて裏手に出られるようになっていました。

「やられたっ。宮部たちは、ここから逃げたようです」

「くっ…ならば今頃は長州藩邸か」

「藩邸に逃げられたら治外法権で手が出せませんよ」

「みなさん、来てくださいーーっ!!」

沖田総司が声を上げたほうへ、隊士たちがドカドカと駆けつけます。

「どうした沖田くん」

「地下があります」

「なに地下」

ガタガタ、ゴトッ…

はめ板を外すと、地下に続く梯子があらわれました。ぷうんとカビ臭い中、梯子を下りていくと、暗い中にゴテゴテと何か道具の影が見えました。見ると、地下の倉には、鉄砲、具足、火薬が所せましと積まれていました。

それに諸藩の志士たちと交わした書状が出てきました。「過日、合い奉り候とおり、烈しき風を機会とす」…また、「会」の字の入った提灯が見つかります。

「どうやら京都を焼き払った上で会津人のせいにしようという計画らしいですね」

「おのれ桂小五郎。そこまでやりおるか!」

「いえ、これは桂小五郎のやり方じゃありません。おそらく宮部の暴走でしょう」

「ふん…宮部を逃がしたのは惜しいな。だが、まずは成果ありだ。こやつを引っ立てる」

「ひひいいいーーっ」

新選組隊士たちは、宿の主人枡谷喜衛門をひっぱって、壬生の屯所まで戻ります。

陰謀の発覚

「何者だお前は。長州人たちの手引きをしていたな」

ビシイッ

「ひいいい」

所は壬生前川邸の倉の中。

局長の近藤勇が鞭を取り、枡谷喜衛門を、背中の皮が破れ血が出るまで叩きまくります。しかし喜衛門もとより固い覚悟であり、簡単には口を割りませんでした。

「話すことは、…無い」

その、一点張りでした。

「こいつ、どこまで強情はるか」

カーーッと頭に血が上った近藤が、さらに鞭を振り上げるようとする、その手を土方が押え

「よせ近藤、そのやり方ではだめだ」

土方は男を後ろ手に縛り、足首に縄を括り付け、縄のもう一方を二階の梁に通し、ぐっ、ぐっ、ぐっぐと縄を巻き取ると、男は二階から逆さ吊りにされました。

土方は五寸釘と百目蝋燭を持ってこさせ、逆さ吊りになっている男の足の甲からずぶり、ずぶ、ずぶと五寸釘を押し込むと、ぎゃあああと叫び声を上げる男に容赦もせず、ずぶうと足裏まで貫通させます。

男の足裏にブッサリ突き出した釘先に太い百目蝋燭をグリグリうち立てると、蝋燭に火をつけます。

「な…、なにをやっていやがる…」

「すぐにわかる」

土方は傍らの荷物の上にどっかと座り、腕を組みました。しばらくすると、

「ぐぎゃあああああ」

火で蝋が溶け出し、熱くたぎった蝋が男の足裏の傷口に注ぎます。ぎゃ、ぎゃああああ…次々と、絶え間なく、傷口に熱い蝋が注ぎ込み、からみあった血と蝋が、足首まで垂れ流れていきます。

「ひいっ、ひいぃ…」

狭い倉の中に、汗と血と蝋がまじりあった異様なニオイが立ち込めます。その場にいた新選組隊士たちも、あまりの凄惨さに、目をそらす者あり、口を押える者あり。この頃から、隊士たちは土方のことを「鬼の副長」と呼ぶようになったとか。

「長州人は、何をしようとしている。いつ、やろうとしている」

「ぎひいいいっ、ぐぎいいいいいいいーー」

一時間あまりもがき苦しんだ末、ついに男は観念しました。

男の名は近江出身の古高俊太郎。京都に出てきて枡谷の養子となっていましたが、近年尊王攘夷派の志士と交わるようになったものでした。

長州藩は昨年の八月十八日の政変で都を追われて以来、巻き返しの機会を狙っていました。古高の供述によると、三条から四条にかけて、すでに数十人もの志士が潜伏している。宿の入り口に「水口藩(滋賀県甲賀市)」「大渕藩(静岡県掛川市)」など札がかかっているのは、すべて長州人だ。かれらは京都に潜伏し長州巻き返しのための計画を練っている。その計画とは…驚くべきものでした。

来る六月の祇園祭の前後に、風の激しい日を選び御所の風上から火をかける。そして火事のどさくさにまぎれて佐幕派の公卿・中川宮を幽閉し、孝明天皇のお輿をうばい、長州に連れ去るというものでした。

「な…なんという…」

新選組一同、絶句します。まさかこれほどの大事だったとは、誰も予想だにしていませんでした。すぐに金戒光明寺・京都守護の屯所に使者が走ります。

報告を受けた会津候松平容保は、

「なんと恐ろしいことじゃ。このような暴挙、けして許してはならぬ。会津からも増援を出すから、新選組は祇園会所で増援を待て」

次回、「池田屋事件(二)」です。お楽しみに。

本日も左大臣光永がお話いたしました。ありがとうございます。

解説:左大臣光永