源実朝の船

建保4年(1216年)11月24日。

つい先日中納言に任じられたばかりの実朝は、とんでもないことを言い始めます。

「我は宋国に渡ろうと思う」

「はっ…!」
「はあっ??」

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執権北条義時以下、御家人たちは耳を疑います。しかし実朝は淡々と語り続けます。

「吾は前世で、医王山に住んでいた。
そこでお世話になっていた老師があるのだ。
今の世でも、ふたたび参拝したいと思う。
すぐに由比ヶ浜で唐船を作ってほしい」

「そんな、鎌倉殿、無茶な」

「たいへんな仕事とは思うが、頼むぞ」

ごく真面目に、実朝は言うのでした。けして冗談では無いと、その口調は語っていました。大真面目でした。

(ついに狂ったか…)

北条義時、大江広元の制止もふりはらって、実朝は船の建造にとりかかります。結城朝光を奉行に任じ、60名あまりをかりだして、由比ヶ浜で巨大な唐船の建造がはじまりました。

これ以前から実朝は宋人の陳和卿なる者を近くに置いていたのでした。
今回の計画は、陳和卿の影響でした。

これより半年前の6月、
東大寺大仏再建供のため来日していた陳和卿は鎌倉を訪れ、
実朝に拝謁するなり、はらはらと涙を流しました。

「ど、どうしたというのじゃ」

「お師匠さま、おなつかしゅうございます」

「なに?そなたと我は初対面じゃが」

「そうではないのです。前世で、あなた様は医王山の長老をつとめていらしゃいました。私は、その弟子だったのです」

「なに?前世とな…はっ」

その時、実朝は思い当ることがありました。

「実は5年前、我は今の話とまったく同じ内容の夢を見たことがある」

「それごらなさい!それは夢ではなく、前世の記憶なのです。ああ、ようやく再会がかないました。嬉しや」

それ以後、実朝はこの変な中国人を重く用いるようになり、しだいにおかしな方向へ走っていき、ついに「船に乗って宋に渡ろう」とまで言いだしたのでした。

翌建保5年4月17日。

船は完成し、由比ヶ浜に浮かべることとなりました。
数百人の人夫が招集されました。

実朝も由比ヶ浜に来ました。北条義時もいました。
陳和卿が音頭を取ります。

「引けーーーーっ!!」

えーんやこら、えーんやこら、

しかし、船はびくともしませんでした。

「もっと、引けーーーーっ!!」

えーんやこら、えーんやこら、

「そら引けーーーー!!」

えーんやこら、えーんやこら、

4時間、人夫たちが肌を真っ赤にして引っ張りましたが、
船は少しも動きませんでした。

「そんな、ああ…ああ…」

実朝はがっくりと肩を落とし、御所に戻っていきました。

船は砂浜で、空しく朽ち果てました。

將軍家(しょうぐんけ)、先生(せんしよう)の御住所(ごじゅうしょ)醫王山(いおうさん)を拝し給はん爲、唐へ渡り令(せし)Iめ御(たも)う可(べ)き之由(のよし)、思し食し立つに依(より)て、唐船(からぶね)を修造可(しゅうぞうすべ)き之由(のよし)、宋人和卿(そうじんなけい)に仰(おー)す。

又、扈從(こしょう)の人、六十餘輩(ろくじゅうよやから)を定め被(られ)る。朝光(ともみつ)之(これ)を奉行(ぶぎょう)す。相州(そうしゅう。北条義時)、奥州(おうしゅう。大江広元)、頻(しきり)に以て之を諌(いさ)め申被(もうされ)ると雖(いえど)も、御許容(ごきょよう)に不能(あたはず)。造船の沙汰に及ぶと云々(うんぬん)。

宋人和卿(そうじんわけい)唐船(からぶね)を造り畢(おわんぬ)。今日、数百輩(すうひゃくやから)の疋夫(ひっぷ)を諸御家人(しょごけにん)に召し、彼(か)の船を由比浦(ゆいのうら)に浮かべんと擬(ぎ)す。

即ち御出(ぎょしゅつ)有り。右京兆監(うけいちょうかん。北条義時)臨(りん)し給う。信濃の守(かみ)行光(ゆきみつ)今日の行事たり。和卿(なけい)の訓説に随い、諸人(しょにん)筋力を尽くしてこれを曳(ひ)く。午(うし)の刻より申の斜めに至る。然れどもこの所の躰(てい)たらく、唐船(からぶね)出入(しゅつにゅう)すべきの海浦(うみうら)に非(あら)ざるの間、浮かべ出(いだ)すこと能(あた)わず。仍(よ)って還御(かんぎょ)す。彼(か)の船は徒(いたずら)に砂頭(さとう)に朽(ち)ち損ずと。

『吾妻鏡』
建保四年(1216)十一月小廿四日癸夘、
建保五年(1217)四月大十七日甲子

この船の一件は、いったいどういう意味があったのか?

いろいろ説があります。

実朝はノイローゼにかかっていただとか、
いや、そうではない。実は北条氏に対するけん制だった。
将軍家と北条氏が対立した時、たしかに将軍家につくのか
御家人たちを試した、など。

個人的には、やはり実朝はノイローゼだったように思います。

次の章「実朝暗殺

解説:左大臣光永

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