天武天皇

飛鳥へ戻る

673年、壬申の乱に勝利した大海人皇子は
40代天武天皇として即位します。

都を大津から飛鳥に戻し、
「飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)」とします。

飛鳥浄御原宮
【飛鳥浄御原宮】

「うわあ、なつかしの飛鳥だ」
「やっぱり飛鳥はいいなあ」
「蘇我の大臣(おおおみ)のつくった飛鳥寺も、そのまんまだぞ」

5年ぶりの飛鳥への帰還に、人々は喜びます。
飛鳥寺の五重塔をはるかにうち見やり、

ああ…やはり飛鳥こそ故郷だ。帰るべき場所だと、
人々は実感します。

吉野の盟約

679年、天武天皇は皇后および
草壁皇子以下六人の皇子たちを伴って、
懐かしの吉野へ行幸しました。

吉野
【吉野】

ケキョ、ケキョと鳥が鳴き、
したたるような六月の緑が目にまぶしい中…

壬申の乱の前に使っていた吉野の宮は、
ほとんど変わらぬ状態でした。

「あれからもう6年か」

「あの時は苦しかったですが、あなたと一緒にいられるのは嬉しかったです」
「よせ讃良、皇子たちが見ているではないか」

天武天皇は皇后と皇子たちにおっしゃいます。

「私は今日、お前たちとこの宮殿の庭で盟約を結びたい。
千年の後も、けして事が起こらないように」

草壁皇子が進み出て、誓いを立てます。

「天地神明および天皇よ、どうかお聞きください。
私ども兄弟あわせて十人あまりの王は、
みなそれぞれ、違う母から生まれました。

しかし母を同じくする、異なるに関わらず、
共に天皇の詔に随い、助けあい、逆らうことはいたしません。

もしこの盟約に背くことがあれば、命を失い、子孫は絶えましょう」

ほかの五人の皇子たち、
大津皇子、高市皇子、河島皇子、忍壁皇子、芝基皇子も
次々と同じ盟約をしました。

天皇は六人の御子たちを集めて、抱きしめて、仰せられました。

「お前たち。母は違えども、同じ母から生まれたように
慈しみあうのだ」

「吉野の盟約」と呼ばれる、
『日本書紀』の中でも屈指の美しい場面ですが、
残念ながらこの盟約はわずか数年で破られることになります。

天武天皇の政治

天武天皇は天皇中心の政治を推し進めました。

太政大臣や左右の大臣を任命せず、天皇や皇族が
直接政治にあたる「皇親政治」をはじめます。

684年、八色の姓(やくさのかばね)を制定。

新たに八種類の姓を定め、
天皇家の絶対的な地位を確立しました。

また、政治のもととなる法典
飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)の作成を開始。

一方、天皇家の正当性を語る意味から
「古事記」「日本書紀」の作成を命じました。

天武天皇の崩御

こうして数々の改革を行った天武天皇でしたが、
686年、病にかかります。

国中の僧に祈らせたり、恩赦を出したり
税を免除したりしましたが、その甲斐なく
その年の9月、崩御しました。

崩御後、
大規模なもがり(葬儀)が行われます。

天武天皇は歴代天皇の中では珍しく生年が不明です。
したがって、享年も不明です。

≫次の章「持統天皇」

解説:左大臣光永

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