新選組 第23回「池田屋事件(二)」

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歴史解説「新選組 池田屋事件」

古高俊太郎の供述により長州の計画が明るみに出ます。その計画とは、祇園祭の前後に京都の町に火をつけ、勢いに乗じて孝明天皇をうばい去るという、驚くべきものでした。新選組一同、あまりのことに絶句します。すぐさま会津候松平容保候に報告し、会津や桑名からの増援と落ち合うべく、祇園会所へ向かうのでした。

祇園祭の前夜

元治元年6月5日午後。

隊士たちは三人、五人ずつ壬生の屯所を出発し祇園の会所に向かいます。ここで会津藩からの増援と落ち合う計画でした。武器防具はあらかじめまとめて送ってありました。いっぺんに出発しないのは、敵に動きを悟られないためでした。

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壬生から祇園へ
壬生から祇園へ

この時、新選組の人数はわずかに40名。そのうち6人は病気で出られないという心細い状況でした。攘夷を実行できない不満から脱退する者が多かったのです。一時は60名を数えた新選組も、人数が減っていました。

「とはいえ…会津候よりの増援が加われば…」

新選組隊士たちは増援に期待をかけて、祇園会所に集合します。祇園社(八坂神社)の西の石段を降りたところです。現在、この位置にはローソンがあります。

八坂神社
八坂神社


祇園会所跡

隊士の中には例の浅葱色の制服を羽織っているものもありました。この頃は正式な制服としては着られなくなっていましたが、やはり、あの制服は隊士たちの結束の証だったのです。

会津候が指示した集合時間は五つ(午後八時)…しかし、

「ええい…人数が足りない!増援はいつ来るのだ!!」

祇園会所に来てみると、集まったのは新選組隊士34名ばかりで、増援はなかなか到着しませんでした。何度も会所の外に出て、黒谷の方面を凝視しますが、増援はいっこうに現れません。

会津藩も、桑名藩も、報告は受けたものの、太平の世に慣れきっており、まさかそんな大事には至るまいと、たかをくくっていたようです。

祇園祭の前夜とて八坂神社に参詣する者、鴨川に涼みに行く者…夜の四条通りは人でにぎわってきます。少しむしむしした夜でした。

午後8時。近藤勇は決断を下します。

「もはや一刻の猶予もならぬ。われわれ新選組だけで捜索を開始する」

捜索開始

河原町四条から三条にかけての広いエリアをたった34人で捜索するには分担作業が命です。そこで近藤は隊士を二手に分けます。

近藤勇率いる一隊は沖田総司、永倉新八、藤堂平助ら十人。土方歳三率いる一隊は井上源三郎、原田佐之助、斎藤一ら24人。土方隊は状況に応じてさらに二手に分かれ、井上源三郎が一隊を率います。

新選組 捜索ルート
新選組 捜索ルート

「鴨川を境に、西を俺の隊が、東を土方が担当する。それぞれ木屋町通りと縄手通りを、四条から三条まで北上しながら捜索。少しでも怪しい旅籠屋や茶屋があれば、徹底して調べろ。場合によっては斬りあいになるかもしれん。敵も古高俊太郎を捕えられて、追い詰められている。くれぐれも油断するな」

「はいっ」「はいっ」

まず近藤隊が、次に土方隊が四条通りを河原町方面へ向けて出発します。

近藤勇の隊は鴨川を渡り、木屋町通りから四条を三条に向けて北上していきます。高瀬川の涼風に、そぞろ歩きの人々の合間を縫って、ものものしい帷子に身を固めた新選組隊士たちが通りを行くと、なんやのん、ありゃあ壬生浪や。血相変えとるけど、なんか大捕物でもあるんやろか…

ヒソヒソ言い合う人々を後目に、それらしい旅籠屋や茶屋があればしらみ潰しに探索していきます。宿の表と裏に人を立たせておいて踏み込み、押し入れから天井裏まで、くまなく調べました。そのため、四条から三条までわずか400メートルの距離を行くのに2時間かかってしまいます。

午後10時、いっこうに不審者は見つけられないまま、近藤隊は三条通りに入ります。三条小橋から西3軒目に池田屋という旅籠屋がありました。ここ池田屋は長州の定宿の一つと見られており、当夜の要注意箇所の一つに数えられていました。

三条小橋
三条小橋

三条小橋
三条小橋

池田屋突入

池田屋のまわりに、近藤隊10名がわらわらっと集まります。

池田屋跡
池田屋跡

池田屋跡)
池田屋跡

入り口に入った所で、沖田総司が行燈をかざすと、槍と鉄砲が十数挺も立てかけてありました。四人は目配せしあうと縄でもってこれを縛り、表に出します。

表に谷万太郎、武田観柳斎、浅野藤太郎(とうたろう)、裏口に奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門(かくざえもん)を立たせ、近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助の四人で中に入っていきます。

池田屋事件直前 配置図
池田屋事件直前 配置図"

帳場を通って、台所を過ぎ、奥の客室との仕切り戸まで来た時、近藤勇が、

「今宵、旅宿改めである」

次回「新選組 第24回「池田屋事件(三)」」 お楽しみに。

解説:左大臣光永

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