新選組 第16回「芹沢鴨 大坂新町での乱行」
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歴史解説「新選組 池田屋事件」
大坂新町 吉田屋での乱行
芹沢鴨の乱暴狼藉は、とどまるところを知りませんでした。
壬生浪士組が大坂に出張中、いつもの京屋忠兵衛方に宿を取っていましたが、ある夜、新町の吉田屋で宴会をしようということになりました。
吉田屋は勘当された若旦那伊左衛門と夕霧太夫が恋の浮き名を流した舞台として有名です。伊左衛門と夕霧太夫の恋物語は歌舞伎『廓文章(くるわぶんしょう)』に仕立てられました。歌舞伎『廓文章』は通称『吉田屋』として知られています。
浪士組は喜んで吉田屋へ向かいます。京屋忠兵衛宅には芹沢鴨と永倉新八の二人が居残りました。しばらくして、芹沢は宿の主人京屋忠兵衛に言いつけます。
「おい、若い者を吉田屋へ遣わして、小寅太夫と仲居のお鹿を呼んで来てくれ」
「へいっ…」
小寅は芹沢のお気に入りで、一方、お鹿は永倉のお気に入りでした。程なく二人の女が到着します。チャンチャカチャンチャカ…にぎやかな宴会となります。芹沢は冗談を言って女たちを笑わせたりしました。しかし、
(あ~やだやだ。虫唾が走るわ)
小寅太夫は内心芹沢のことを嫌っていました。乱暴で粗野で、その上支払いはツケばかり。それも、ほとんど支払われることはなく、心底、小寅は芹沢を嫌っていました。
午前2時頃、芹沢も、永倉も、すっかり酔いがまわっていました。
「う~い…。芹沢先生、もう遅いですよ。私はもう飲めません。どうなさるんですか。このまま朝まで?」
「ふむ。そうだなあ。うーん」
小寅太夫にちらちらと色目を使う芹沢鴨。
「なあ小寅、帯を解けよ」
「なんですのん。なれなれしい…」
帯を解けとは、泊まっていけということです。しかし、芹沢があまりにしなだれついてくるので、小寅は「まあ、お鹿さんが帯を解くなら、私も」と返事しますが、お鹿が断ることを小寅はわかっていました。お鹿は普段から小寅の間近におり、小寅がどれほど芹沢を嫌っているか、よく知っていたからです。お鹿は言いました。
「私はただ付き添いできただけです。帯を解くなんて、お断りです」
「まあ、そう言わずに、悪いことはせんから」
「いやでございます」
「重く考えることはないんだ。今から帰るといったって、女の夜道は危険であるぞ」
「では、店の者を迎えに越させます」
「……そうか。ではこれほど頼んでも、嫌だと。ふん。わかったわかった。帰れッ。すぐ帰れッ」
芹沢は不機嫌になって小寅とお鹿を追い返します。
とんとんと階段を下りていく小寅とお鹿。
その後ろから、永倉新八が引き留めます。
「いやどうも、すまなかった。芹沢先生はお酒を召されると、あれだから…今、籠を呼ぶので、待っていてくれ」
こうして籠を呼んで、二人を帰し、永倉が二階に上がってくると、芹沢が、永倉に言います。
「永倉くん、今の二人の態度は、はなはだ無礼であった。すぐに二人を処分されよ」
「処分って…先生」
「追いかけて、斬り殺すのだ!!」
「なっ…!そんな、芹沢先生、女を斬ったなどという話がもし外に聞こえれば、芹沢先生の武名にも傷がつきます。とにかく、明日、なんとかいたしますので、どうか今夜は、お休みになってください」
永倉は必死の思いで芹沢をなだめすかして、寝かせました。
翌朝。
永倉は宿の主人京屋忠兵衛にわけを話し、吉田屋に遣わし、後から芹沢先生と永倉さんが行くから、最高の芸妓と酒でもてなしてくれと伝えさせます。
一方、土方歳三、平山五郎、斉藤一の三人にもわけを話し、芹沢先生が出発したら、すぐに後をつけて、たまたま落ち合った風を装って、吉田屋で合流するんだ。そして、なんとか芹沢先生のご機嫌を取ってくれと、伝えます。
ずかずかずかずか…
芹沢鴨と永倉新八が、吉田屋へやってきました。「いらっしゃいまし」芸妓五十人ほどがズラリと並んで迎えます。「ふん」全員を一瞥すると、芹沢鴨は「尽忠報国」と書いた三百匁の鉄扇を高く振り上げ、仲居の肩に、
バッシーーーン
振り下ろします。
「ぐ、はっ…」
仲居は物も言わずブッ倒れ、気を失ってしまいました。
ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ
芹沢鴨はその巨体で吉田屋の階段をきしませながら二階に上がり、一番上等の成天の間(なりてんのま)に通ります。その後から永倉が続き、ついで後をつけてきた土方、平山、斉藤も、あれえ芹沢先生もここでしたか、などと空とぼけ、五人で成天の間に入ります。
「主人をよべーーい!!」
芹沢は吉田屋の主人喜左衛門を呼びますが、不在で、かわりに京屋忠兵衛が出てきました。
「ただいま、主人は不在でして、代理人として私めが御用を承ります」
「なんだお前か。まあいい。吉田屋お抱えの小寅・お鹿の二名が、昨夜、我々に対して無礼を働いたので、差し出せ。差し出さぬならば、吉田屋を粉々に叩き壊すことになるから、そう思え」
京屋忠兵衛はヒイイと真っ青に震え上がって、小寅・お鹿のもとに言って、事の次第を伝えます。
「そういうわけだ。お前たちが出ていかないなら、店は叩き壊される。主人への義理を考えれば、座敷に出たほうがいいだろう」
「私達に、死ねと!!」
「いやいやいや、いかな芹沢先生でも、まさか、そこまでは、なさるまい。しかし座敷に出ないとなると…先日の京都の大和屋の騒ぎを聞いたろう。あれの、二の舞になってしまう。私が仲立ちになるから、お前たちは私の両脇に立っていなさい」
「う…うう…なんでこんなことに…」
小寅・お鹿は、泣く泣く京屋忠兵衛の両脇をはさむような形で、座敷に上がります。座敷には芹沢鴨以下、壬生浪士組五人の姿がありました。
「話し合いはすんだかね。こちらも、話がまとまった。二名は無礼打ちにするところであるが、女であるによって、そこまではせぬ。坊主にしてやる」
さあっと青ざめる女たち。芹沢が脇差の柄に手をかけると、「先生、お待ちください」土方が芹沢制して「先生のお手を煩わせるにはおよびません」土方は脇差で小寅の髪をブツリと切りました。
「あっ…ああああ…」
真っ青になる小寅。次に永倉が、「すまない…」と、お鹿の髪の毛をつかもうとします。永倉は普段からお鹿をひいきにしており、本来こんなことはしたくありませんでした。しかし芹沢鴨の手前、やらないわけにいかず、心苦しいものがありました。そんな永沢の心情を察してか平山が、
「あいや、永倉氏、それは拙者が」
ブツリと根元から切ってしまいました。
ばさっ、ばささっ、
二人の女の髪の束が、芹沢鴨の前に投げ出されます。真っ青に茫然自失の二人をつれて、京屋忠兵衛は階下に降りていきました。大丈夫かい。しっかりなどと小声をかけながら。一方、芹沢は有頂天になります。
「この髪の毛を肴に、おおいに飲もうではないか!」
なみなみと酒を注がせ、ぐ、ぐぐーーと飲み干します。
永倉新八はつくづく思います。
(芹沢先生、これが、武士のやることですか…
これでは、ただのヤクザですよ)
女の命である髪の毛を切られてまで芹沢に肌を許さなかった小寅太夫の話は、大坂中に広がります。立派な女子があったもんじゃと。
それで、評判をきいた金持ちの町人によって、小寅は見受けされていきました。お鹿は、後日永倉新八が身受けして、すぐにほかに縁組させました。
四条堀川 菱屋の妾を奪う
芹沢の乱暴狼藉は、さらにひどくなっていきます。遊び金に困っては大商人の家に強引に押しかけ、「軍用金を貸せ」といってすごみます。もちろん、返しません。借りるだけで、返しません。取立てにいくと、武士に対して何だその態度は無礼打ちにしてくれる。ひいいと逃げ出すしか無いのでした。
うーん。男が行ったらダメなんだ。ひょっとしたら女が行ったら、返してくれるかもしれんと、四条堀川の菱屋が、妾のお梅を金の取立てに壬生の屯所にやったところ…
「おっ、いい女ではないか!」
芹沢は金を返さないばかりか、お梅を手篭めにしてしまいました。もはや、誰も芹沢の勢いを止めることはできませんでした。
会津候よりの下命
ここは壬生村の屯所、近藤勇の部屋。
「近藤先生、そろそろ限界じゃないでしょうかねえ」
壬生浪士組の中に近藤、沖田、土方、原田らの一派は、芹沢鴨の一派と分裂し、「近藤派とも言うべき派閥を形成していましたが、芹沢派のやり口には、ほとほと困り果てていました。
「せっかく壬生浪士組ができたのに、これでは京都の人々の支持が得られません」
「それどころか、我々は無法者集団ですよ」
そんな折、会津候の守護職屋敷に近藤らにお呼び出しがかかります。もはや是非も無い。芹沢を始末せよ。ははっ。
…このように壬生浪士組内部で、大きな動きが起こっていた頃、世の中の大局の部分でも、大きく情勢が動き始めていました。
次回「新選組 第17回「八月十八日の政変」」に続きます。お楽しみに。
いただいたお便りより
漢詩の一節には、古の人物や歴史が織り込まれていて、読む度ごとに引きつけられるものがありますね。
先日、カンフー映画の英雄を久しぶりに見たとき、ジェット・リーとドニー・イェンの戦いのシーンを見ていると、白居易の琵琶行を思い出してしまいました。映像にも詩が織り込まれているのだなと思い、その音と映像を何回も見てしまいました。 何気なく、漢詩が織り込まれていると、感動するものがあるなと思いました。
自分は、剣道が好きなので、剣道で相手と対した時、苦しい息の中で、ジェット・リーの英雄のシーンと琵琶行のイメージを思いだし、すうっと抜けた気持ちになれました。
ありがとうございます。カンフー映画の格闘シーンに白楽天の「琵琶行」が活かされているということですね!どんな場面かちょっと想像がつきませんが。剣道で相手と向かい合っているときに詩のイメージがうかぶというのも、勇ましい中に優雅なものもただよい、面白いですね!
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