西南戦争前夜~鹿児島 私学校の蜂起

こんにちは。左大臣光永です。

実家の熊本に滞在してます。あらためて、田舎特有の現象をあちこちに見出し、カルチャーショックです。たとえば街路樹の剪定です。ズダズダに切り刻んであります。ゾンビ映画で、ゾンビの襲撃を避けながら、チェーンソーをビイイイイィィィと振り回す、あの勢いで、枝を切りまくったような。

自然な形を尊重しつつ丁寧に剪定してあるのと、なんとそれは違うことか。田舎のやり方の万事、雑で大雑把であることを見出します。

本日のメルマガは、「西南戦争前夜~鹿児島 私学校の蜂起」です。大久保利通の挑発に乗り、桐野利秋ら鹿児島の私学校は西郷隆盛を担ぎ上げて武力決起。日本最後の内乱「西南戦争」が始まるまでを語ります。

西郷、大久保への敵意を燃やす

明治9年(1876)明治政府の政策に不平を抱く士族たちが、各地で反乱を起こしました。

明治9年(1876)
10月24日、熊本で神風連の乱、

10月27日、福岡で秋月の乱、

10月28日、萩の乱

西郷隆盛は鹿児島の日当山温泉にいましたが、これら不平士族の反乱を、注意深く見守っていました。しかし萩の前原一誠が処刑されたことを知ると、

桐野利秋邸に私学校幹部を集め、集会を開きます。その席で西郷は、大久保利通を名指しで非難します。

「わが志の伸びざるは、大久保のせいである。島津公(久光)が左大臣を辞して鹿児島に帰国するはめになったのも大久保のせいである。大久保は元来、人のやることを拒み、自ら手柄をむさぼり、表には大臣を助けるようでありながら、影では自分によかれとばかり考えている。聞けば木戸孝允も大久保を助けているというえ。吾輩は彼らの肉を喰らっても喰らい飽きない」

かつての盟友・大久保利通は、今や西郷の目に、倒すべき敵とうつっていました。

同じ席で、桐野利秋が発言します。

「ニ三の大臣を討てば、政府は瓦解する。君側の奸をしりぞけるのが大丈夫たる者の本分である。ただし鎮台兵は一撃で倒せるが、問題は東京の巡査である。彼らは元藩士が多く、武士としての気骨がある」

だから油断するなと。

桐野利秋はいまにも兵をおこさんの勢いでしたが、西郷隆盛は注意深く、その時機を待つように戒めます。

私学校暴発

一方、大久保利通はいち早く手を打ちます。

明治10年(1877)正月、大久保利通は警視庁大警視川路利良に命じて、少警部中原尚雄(なかはら なおお)以下24名の密偵を、帰省という名目で鹿児島に送りました。その目的は西郷隆盛の動向をさぐることと、私学校を内部分裂させることでした。

正月下旬、明治政府はひそかに鹿児島に三菱の汽船を送り、草牟田(そうむた)の陸軍火薬庫(鹿児島県鹿児島市新照院町)に保管されていた大量の銃・弾薬を接収します。

私学校の生徒たちは、いち早くこの動きを察知し、

「俺たちの武器が奪われるぞ!」
「大久保の密偵だ!」
「そうはいくか!」

1月29日夜、私学校生徒が火薬庫を襲撃し、小銃や弾薬を奪い、翌30日以降、人数も1000人以上に膨れ上がり、海軍造船所や火薬製造所を襲撃します。

その頃、西郷隆盛は大隅半島の小根占(こねじめ、鹿児島県肝属郡小根占村)で狩をしていました。2月1日、末の弟である西郷小兵衛と辺見十郎太が火薬庫襲撃のことを西郷隆盛に知らせます。

「…なんたることか!!」

2月3日、西郷隆盛、鹿児島入り。

同日、政府の密偵・少警部中原尚雄(なかはら なおお)以下21名が逮捕されました。

また、

「ボウズヲシサツセヨ」と書かれた電報を押収しました。これは明治政府から密偵を務める中原尚雄に届いた指示書でした。

中原の自供によると、これは「坊主を視察せよ」…西郷隆盛を見張れという指示書だと。しかし私学校側は、「坊主を刺殺せよ」すなわち西郷隆盛を殺せという指示書と取ります。

2月5日、鹿児島の私学校本部に幹部が集まり、会議を開きます。

主な出席者は、

西郷隆盛
桐野利秋
篠原国幹
村田新八
永山弥一郎
村田三介
池上四郎
西郷小兵衛
野村忍介

でした。

「西郷先生を暗殺する計画があることは明らかである!」
「大久保を倒せ!」
「西郷先生、立ち上がってくだされ!」
「西郷先生!」

皆、口々に言う中、最高幹部の桐野利秋が、

「断の一字あるのみ」

と言うと、西郷隆盛は、

「わが命、皆に預ける」

「西郷先生!」
「西郷先生!」

わあーーーっ

これで、挙兵が決まりました。

すぐに軍議が開かれ、いくつかの進撃ルートが検討されますが、結局、陸路熊本に向かい、小倉を経て東京を目指す案が採られます。

次回「西南戦争(一)」に続きます。

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「幕末の歴史はわかりにくい」

「複雑だ」

そう思ってませんか?

私は思ってます。

だって実際、幕末はわかりにくく、複雑ですから。

じゃあなぜ幕末はあんなにも複雑で、入り組んでいるのか?

どうやったらスッとわかりやすく、歴史の流れをつかめるのか?

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本日も左大臣光永がお話しました。

解説:左大臣光永