前九年合戦(一)安倍氏の叛乱

勢いをのばす阿部頼良

今は昔。

後冷泉院の御時に、奥州に安倍頼良(あべのよりよし)という者がありました。父を忠良といい、父子二代にわたって俘囚の長として勢力をふるっていました。

安倍氏 系図
安倍氏 系図

俘囚とは、陸奥・出羽の蝦夷のうち、朝廷の支配に屈した者です。

安倍父子の勢いは盛んで、従わない者はありませんでした。一族は四方に勢力を張り、衣川の外まで進出していました。朝廷に従わず、年貢も治めず労役も拒否していました。

「ええい…安倍の一族のわが物顔なことよ。こっちは国司だというのに…何もできない」

代々の国司は、阿部氏を恨めしく思いながらも、手出しをすることもできずにいました。

永承年間(1046-53)、国使藤原登任(ふじわらのなりとう)が大軍を起こして阿部氏を攻めますが、頼良は全俘囚を集めて軍を興し、国司の軍は撃退されてしまいました。

朝廷ではほとほと困り果てていました。

「これ以上安倍頼良の好きにさせてよいものか」
「よいわけが無いっ!」
「しかし下手をすれば返り討ちにあうし…誰を鎮圧に行かせたものか?」

前九年合戦・後三年合戦 関係地図
前九年合戦・後三年合戦 関係地図

源頼義の赴任

「前相模守・源頼義がよいでしょう」
「うむ。頼義なら間違いはありません」

この源頼義なる男は河内国の源頼信(みなもとのよりのぶ)の子で、
落ち着きがあり武略にすぐれ、将軍の器がありました。

「逢坂山より東の弓矢取り馬にまたがる程の者共一人として頼義になびかぬは無し」と伝えられます。

「前相模守・源頼義。陸奥守ならびに鎮守府将軍として
陸奥へ下り、朝敵阿部頼良を追討せよ」

「ははーーっ」

世の人々は頼義将軍の才能を知っていたので、
うん。頼義殿ならばと、誰もが納得でした。

すぐさま源頼義は、長男義家、次男義綱以下多くの兵を引き連れて、陸奥国へ下ります。

「敵は私と同じ名前のヨリヨシというのか。なんだか変な感じだな」

阿部頼良の恭順

さて頼義が国司として陸奥に赴任する早々、大赦が行われ、阿部頼良の罪が許されました。頼良はおおいに喜びます。国司源頼義の館で接待を受けながら、

「いやあ、もともと朝廷に逆らう気持ちなんて、なかったのです。ははは。力が違いすぎます」

などと、気さくな男でした。

(この男は、たいした脅威にはならぬ)

安心する源頼義。そこへ阿部頼良がこんなことを言います。

「私の名はヨリヨシといって、国司さまのお名前と音が同じです。これは、恐れ多いことです。よって今後私は、頼時(よりとき)と改名いたしまする」

そう言って、安倍頼良はとうとう名前を安倍頼時と変えてしまいました。苦笑する源頼義。

(これは案外、お人よしの好人物なのかもしれん…)

襲撃

さて頼義が鎮守府での執務を終えて陸奥の国庁に戻っていく途中、一向は阿久利川(あくとがわ)のほとりで野宿をしていました。そこへ

きりきりきりきり…

ひゅん、ひゅんひゅん、ひゅん

ぐはっ、があっ、…ひひーーん

闇の中、何者かが矢を放ち、数人と馬数頭が射殺されてました。

翌朝。

「なぜ、こんなことになったのだ。敵はだれだ!!」

部下が言います。

「安倍頼時の息子・安倍貞任(あべのさだとう)に違いありません。
先年、やつは身分もわきまえず、私の娘を嫁にほしいなどと
思い上がったことを言ってきたのです。当然私は断りました。
貞任はそれを怨みに思って、矢を射かけてきたに違いありません」

「おのれ阿部貞任…許し難い」

源頼義は怒りを募らせ、大軍を率いて衣川関に押し寄せたので、国中が頼義になびきました。

藤原経清・平永衡 義父を見限り源頼義につく

さて阿部氏の軍勢の中に、藤原経清という男がいました。今回のお話のキーとなる人物です。

藤原経清
藤原経清

藤原経清は都で権勢をほこった藤原氏ですが、政争に敗れて奥州に流されていました。しかし腐っても藤原氏。地方に行けばたいへん尊敬されます。え、あの藤原氏ですか。スゴいですねと。

だんだん居心地がよくなってきます。ここ奥州に骨を埋めようという気になり、土地の有力者・阿部頼時の娘を妻としていました。男子が生まれます。名を清衡(きよひら)と名付けました。

そんな中、国司源頼義と、阿部頼時との間で戦になったのです。

藤原経清としては、身を引き裂かれる思いがあったことでしょう。

安倍頼時は藤原経清にとっては義理の父です。義父さんと戦うわけにはいかない。 かといって、国司に逆らうということは、朝敵になることだ…

悩んだ挙句、藤原経清はやっぱり朝敵にはなれないと、源頼義の陣へ駆け込みました。

しかし、同じく阿部氏の陣営を抜け出して源頼義についていた平永衡(たいらのながひら)が、たいへん疑われていました。お前阿部氏のスパイだろうと。

とうとう、平永衡は一族四人ともども首をはねられてしまいます。

藤原経清 ふたたび阿部陣営へ

もう一人の娘婿・藤原経清はこの出来事を見て真っ青になります。

「ぶるぶる。源氏は容赦ない。疑わしいだけで首をはねるのか!
殺される。わしもいつか殺される!ここにいてはダメだ。すぐに逃げ出そう」

こうして藤原経清は源頼義の陣を抜け出し、ふたたび阿部頼時の陣へ戻りました。

続き「前九年合戦(二)八幡太郎義家」です。

解説:左大臣光永