菅原道真(六)天神信仰

こんにちは。左大臣光永です。先日、宇治に一泊して「あがた祭り」を見てきました。翌朝だいぶ雨が降ってたんですが、宇治山からうっすらと朝霧が立ち上ってるさまが、見事でした。あの朝霧が見えただけでも、雨が降ってよかったと思えました。

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本日は菅原道真の最終回、第六回「天神信仰」です。

道真の怨霊

延喜3年(903)菅原道真は大宰府で失意のうちに没します。

大宰府政庁 正殿跡
大宰府政庁 正殿跡

道真が亡くなってほどなく、道真の門人の味酒安行(うまさけ やすゆき)は道真を祭り、天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)としました。

道真の没後、都では異常な出来事が相次ぎます。

飢饉や干ばつ。そして道真の左遷にかかわった人々が次々と謎の死を遂げます。

延喜6年(906)、道真左遷の陰謀にくみした藤原定国(ふじわらのさだくに)が 40歳で亡くなったのを始めとして…

延喜8年(908)、宇多上皇が醍醐天皇に面会に来られたのを皇居の門前で拒んだ藤原菅根(ふじわらのすがね)が雷に打たれて死亡。

延喜9年(909)、道真を左遷に追いやった張本人・藤原時平が39歳の若さで病に倒れます。

延喜23年(923)には藤原時平の妹と醍醐天皇の皇太子保明(やすあきら)親王が亡くなります。

「菅公の祟りだ…菅公の祟りだ…ぶるぶる」

人々はただ恐れるばかりでした。

清涼殿落雷事件

延長8年(930年)6月26日。宮中の清涼殿では、重要な朝議が行なわれていました。

現在の京都御所・清涼殿
現在の京都御所・清涼殿

その時、愛宕山の方角から沸き立った黒雲はまたたく間に平安京全体を覆いつくし、雷まじりの激しい雨となります。そして、

ビカッ、ガラガラガラーーッ!!

「ぎゃああああ!!」

ものすごい音と光とともに、清涼殿に雷が直撃します。大納言はじめ六人が死亡するという大惨事となりました。この時醍醐天皇も清涼殿にいらっしゃり、惨状を目のあたりにされます。

「なんという残酷…ああ。これも道真の祟りなのか…」

3ケ月後、醍醐天皇は崩御しました。

こうして菅原道真の左遷にかかわった主だった人々はすべて死に絶えました。

天神信仰

清涼殿落雷事件により、菅原道真の怨霊は雷神と結び付けられます。京都北野は平安京の裏鬼門(西北)にあたり、もともと火雷神(からいしん)という地主神(土地を守る神)が祀られていました。

その京都北野の地に天暦元年(947)村上天皇の御世、道真の怨霊を鎮めるために北野天満宮が創建されました。

北野天満宮 大鳥居
北野天満宮 大鳥居

北野天満宮 三光門
北野天満宮 三光門

しかし北野天満宮創設の後も道真の怨霊は恐れられ、北野天満宮大神・日本太上威徳天などと呼ばれました。

「天神」とは本来、「地神(くにつかみ)」に対する「あまつかみ」のことで、特定の神を指す言葉ではありません。

しかし菅原道真の怨霊が京都北野の地にもともとあった火雷神と結びつき、また「天満大自在天神」などと称されたため、菅原道真の怨霊に対する信仰が、一般に「天神信仰」と呼ばれるようになっていきました。

日本全国には古くからの火雷神を祀る天神社、天神神社が多数ありました。これらは本来、菅原道真とは何の関係もないのですが、菅原道真が天神さまと呼ばれるようになったため、後付けで「菅原道真公を祀る神社」とされていきました。

正直の神から学問・芸能の神へ

平安時代から鎌倉時代にかけて、道真の怨霊としての性質はしだいに弱まり、正直の神、冤罪を晴らす神、などの性質が出てきました。

心だに まことの道に かなひなば 祈らずとても 神や守らむ

この歌は道真が詠んだものではなく、後世の人が道真に仮託したものですが、道真の人柄がよく出ていると思います。

菅原道真は、正直でまっすぐな人柄で、たとえ自分の敵に対しても呪ったり、恨んだりということは無かったようです。

大宰府滞在中の詩を読んでも、不幸を嘆き、都をなつかしむ詩は多いですが、自分を左遷した醍醐天皇や藤原時平に対しての恨み言は一つも見当たりません。

菅原道真が怨霊とされたのはそれこそ冤罪もいい所です。

心だに まことの道に かなひなば 祈らずとても 神や守らむ…この歌は道真の詠んだ歌ではないにしても、道真の人柄をよくあらわしていると思います。

江戸時代に入ると道真がすぐれた学者・歌人であったことから、学問・芸能の神としての性質が出てきます。

近世に入ると、天皇に忠義をつくした忠臣として教科書に採り上げられました。大宰府に流された道真が醍醐天皇への忠義を捨てず、いただいた御衣を大切に掲げ持つ詩など、戦前の教科書に載って誰もが知るものでした。

六回にわたって菅原道真について語りました。こういう話をふまえて、北野天満宮や太宰府天満宮、また全国の天神さまに参詣すると、また新たな発見があると思います。

次回から、八代将軍・徳川吉宗について語ります。お楽しみに。

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解説:左大臣光永