歴史についての質疑応答

中国人に失礼ではありませんか?

■読者さまからのメール

拝啓。私はつねづね左大臣光永先生の「声に出して読む」歴史解説に感心している者ですが、どうか現実進行中の政治にかかわる発言は控えていただけないものでしょうか?

私はおそらく光永先生に近い政治感覚の持ち主だと思いますが…失礼をどうかお許しいただきたいのですが、通常の歴史解説に感じるレベルが文句なしの超一級、超プロ級だとすれば、政治的ご発言はプロとは程遠いと感じます。大損です!

私も中国人の無作法は大嫌いですが、「躾(しつけ)」云々とはあまりに失礼な物言いではないでしょうか? 本篇に感じるきわめて高い文化レベルとの落差に衝撃をうけました。

先生のファンには恐らく私のような右も、また左も、そして真ん中もいると思います。現在の政治思想に対する立ち位置等をはるかに超越したところに歴史の面白さがあるのではないでしょうか?

三条河原で女子供を含むどんな凄惨な処刑が行われたといっても、それが残酷だからという理由で家康を嫌いになる人はまずいません。歴史って超越してしまうのですよね。これを縦横無尽に語れる先生は凄い人だと思います。

それゆえ、もし現実の政治や国際関係にかかわるご発言をされるときは、どうか言葉を選んでいただきたいと、先生の一ファンとして切に望む次第です。いろんな立場の人間が先生のファンなのです。そのなかには外国人もいます。

一介の勤労老人が先生に向かって箴言とは失礼千万もいいところです。それは先刻承知なのですが、どうかお許しいただきたいと思います。

敬具
 
西京区在住 K.Y.



■左大臣光永の回答
ご連絡ありがとうございます。左大臣光永です。
いつも本当にありがとうございます。

以下、お答えしていきます。

>「躾(しつけ)」云々とはあまりに失礼な物言いではないでしょうか?

いいえ。失礼とは思いません。

もちろん中国人の中にも立派な人物、尊敬できる人物が多くいることを私は知っています。

特に彼らの勉強熱心さには、とうてい今の日本人では太刀打ちできないと感じます。

しかし観光客として日本を訪れる中国人の多くは違います。

京都にいて、中国人の蛮行を見ない日は一日とて無いです。

公共の場で大声で喋る。
飲食店で大声で喋る。
ゴミを撒き散らす。
糞尿を垂れ流す。
食べ放題の店で大量に残す。
立ち入り禁止のエリアに立ち入る。
順番を守らない。

こういう蛮行を繰り返す以上、中国人が嫌われ、憎まれ、恨まれ、バカにされることは仕方が無いと思います。

しかし彼らに悪気は無いのです。

彼らは「マナーが悪い」のではなく、そもそもマナーという概念を「知らない」のです。

だからこそ「しつけ」が必要だと言っているのです。

たとえば研修を受けさせる、マナーについて書いた冊子を配ることもそうですが、

なにかにつけて「あんたそれは迷惑だよ」「マナー違反だよ」とメッセージを発し続けることが大切です。ガマンせずに言い続けることが大切です。

というか「これは失礼ではないか…?」などといらざる心配をしている間に、彼らはイナゴの大群のように押し寄せてきます。

いちいち些末な表現など気にしている場合ではありません。

>現在の政治思想に対する立ち位置等をはるかに超越したところに歴史の面白さがあるのではないでしょうか?

近代以前については同意します。ローマ・カトリックは全世界で文明を滅ぼし、何十万人殺したかわかりませんが、その歴史上の事実をもって現在のローマ・カトリックを批判することは方向違いに思います。

>現実の政治や国際関係にかかわるご発言をされるときは、どうか言葉を選んでいただきたいと、

できる限り、言葉は選んでいます。不快に感じられた方には申し訳ないと思っています。

しかし、現在の日本の状況はもはや「言葉を選んで」などと上品なことを言っている場合ではありません。

韓国とは一刻も早く国交断絶すべきだし、旧民主系の議員のような反日売国議員がのさばることは国家の破滅を意味します。鳩山由紀夫のようなバカが二度と首相にならないよう、厳しく監視しなければなりません。

もちろん政党政治ですから、右も左もあっていいんです。いろんな考えがあっていいんです。

しかし民主党のような、はじめから日本をおとしめ中韓の植民地にしようとしているものを「政党」とはいいません。それをスパイ、もしくはテロリストというのです。右とか左とかいう次元の問題ではありまぜん。

どこの国がスパイやテロリストに政治活動を許しますか?

言葉なんか選ばなくていいから断固「NO」と言い続けるべきです。

>政治的ご発言はプロとは程遠いと感じます。

この点は、完全に同意します。

しかし「プロとは程遠い」でいえばテレビはじめ大手メディアはもっと酷いです。

必要なことは何一つ報道せず、朝から晩までアベが悪い、アベが悪い…スポーツ界のどうでもいい不祥事に、ひな壇芸人のどうでもいいコメント。薄っぺらさのオンパレードです。あんなものはバカを量産するための、箱です。

私の政治発言はたしかに「プロとは程遠い」ですが、テレビに比べればはるかに上等です。

テレビなどというデタラメなものが大手を振っている以上、私ごときが「プロに程遠い」といって謙遜するのは、「プロに程遠い」道のプロであるテレビに対して、おこがましいというものです。

左大臣光永

豊臣秀吉の伴天連追放令について

■読者さまからのメール

いつも情熱的な語り口で日本の歴史を面白く分かり易くお話し下さって毎回楽しく聞かせてもらっています。広島のUです。

さて、今回の秀吉の伴天連追放令に関するコメントに関してですが、私はイエズス会のザビエルが創立者イグナチオ・デ・ロヨラに送った書簡集を翻訳した者の1人(平凡社刊)です。

また上智大学図書館で発見された劇作本『日本の殉教者アグネス』(小西行長の臣下竹田の妻アグネス加奈の物語で著者はイタリアパルマの宮廷作家アルフォンソ・ヴァラーノ)をイタリア人である私の妻と翻訳し、

それをオペラ化し八代及び熊本で2008年12月に私の指揮で上演しましたが、私はカトリック信徒の1人としても、光永さんのお話しには承服しかねる部分があります。

当時のイエズス会士の管区長の中には派遣した国の国王の資金的な援助なども確かにありましたが、彼等が国益をかけて宣教・布教活動をしていたのではありません。

布教に於ける、いわばストラテジーは確かにあったと思いますが、あくまでもカトリックローマ教皇庁の意向にそった純粋な基督教の布教であって、国を乗っ取るための戦略ではありません。

ジパングの国を領土拡大の目的で宣教師たちが布教に携わってはいないことは確信をもって言えます。

ただし、彼等を利用してうまく日本国での貿易拡大などを謀る目的をもった商人、権力者は存在したことは否めません。

しかし、それはイエズス会の計画でもなければ謀でもありません。彼等はキリストの教えを広めようとする神の僕、使い手であったのですから。

英語の辞書にはイエズス会のことを「策略家・詭弁家」という侮蔑用語例も掲載されていますが、ローマ法王庁に上納金を収めたくない新興貴族や小国王たちが、免罪符などの問題を取り上げローマ法王庁に反旗を翻していたマルティン・ルターを利用してプロテストし1517年に宗教改革を画策したことに対抗して1534年イエズス会を擁立して反宗教改革運動を推進する、いわば宗教上の施策として、ローマカトリック教皇庁がロヨラを支援した訳です。

イギリスでヘンリー8世が王妃離婚問題を機に離婚を認めないローマカトリックに反旗を翻し、それを諌めたトーマス・モアをロンドン塔に幽閉してカンタベリー大司教を立てイギリス聖公会として自ら国教会の首長となり、ローマカトリックから離脱し、王権強化、6人も妃を変える愚行を犯しましたが、

これら一連の反カトリック的な動きの中でイエズス会があたかも国家権力の片棒を担いだと思われるのは非常に残念なことです。

丁度今回の衆議院<森加計隠し解散>で先の東京都議選で緑の党首小池の策略に乗って自民党と連立を組んでいる公明党が緑の党側に回るという茶番をやったように、情勢を見てなりふり構わず強権者側に就く公明党に辟易して、支持母体である創価学会員たちの一部で公明党離れが生じましたが、

それでも殆どの創価学会員が宗教を利用した公明党の虚言に操られているように、純粋にキリストの教えを世界中に布教しようと燃える志で海外布教に身を投じた宣教師を利用した為政者、権力者、富豪商人(武器商人を含む)の存在が陰にあったことは否めません。

しかし、キリスト教徒がそそのかして神社仏閣を破壊した訳ではありませんよ。熊本では逆に日蓮宗の加藤清正を筆頭とする連中がキリスト教徒に与えられた聖堂の破壊活動を起こしています。

現代のCIA工作員のような連中がいて宗教的対立に見せかけ武器売買など巨額な利益のために争い事を敢えて起こそうと企む輩が歴史には常に登場するのです。

シーザーをそそのかしたあのブルータスやオセロをそそのかしたヤーゴのような奸計に長けた人物の存在を見落としてはなりません。千利休が秀吉の怒りをかって自刃させられた背景にも利休を快く思わぬ人物の存在がありましたからね。

Y.U. 拝



■左大臣光永の回答

Y.U.さま、いつもありがとうございます。そして今回のご意見ありがとうございます。さてご意見うかがった上でですが、私は秀吉の伴天連追放令について「まっとうな判断であった」というコメントを曲げるつもりはありません。

>あくまでもカトリックローマ教皇庁の意向にそった純粋な基督教の布教であって、国を乗っ取るための戦略ではありません。

もろちんイエズス会の宣教師が日本を乗っ取ろうとして政府と結託していたわけではありません。宣教師はあくまで純粋にキリストを述べ伝えようとしただけでしょう。彼らに邪心がなかったという点は私もおそらくそうだろうと思います。

しかし、かつて南米やフィリピンでキリスト教の宣教と侵略がセットで行われてきたことは事実です。宣教師たちは侵略の尖兵として占領地に赴き、被征服民に対してキリスト教の信仰を強制しました(このようなキリスト教会の過去の蛮行についてはローマ教皇が公式に謝罪しています)。

そして秀吉は過去のキリシタン国家の蛮行を聞き及んだからこそ伴天連追放令を発布したのです。

もっとも秀吉の時代にはポルトガルにもスペインにも昔日の勢いはなく、たとえポルトガルやスペインが宣教を侵略の道具に使おうとしても、ムリだったと思います。

当時のポルトガルにもスペインにも、わざわざ海の向こうの小さな島に征服に向かうメリットも無ければ、余裕もありませんでした

おそらく秀吉が伴天連追放令を出さなくても、日本が侵略されることは無かったはずです。

そういう意味では秀吉の心配は、杞憂であり、取り越し苦労だったと言えます。

しかし最悪の事態を想定し疑わしき要素を排除するのは為政者として当たり前の行為です。

1587年の時点で宣教師に疑いありと見て伴天連追放令を出した秀吉の判断は極めて正しく、まっとうなものだったと私は考えます。

また、侵略とは武器をもって人を殺すことのみを指しません。

そもそも「宣教」という行為そのものが、他国に対する思想的・文化的侵略です。迷惑なんですよ。かつては南米での宣教師の布教は邪宗から原住民を解き放った、素晴らしいものだと解釈されていました。さすがに21世紀の今日においてそんなこと言うアホはいません。キリスト教の宣教は、他国の文化や宗教を破壊し、一方的に占領者の価値観を押し付けた破壊行為であると現在では反省されています。

日本でも宣教師たちはやらかしました。

一夫一婦制というキリスト教の(アホな)ローカルルールを押し付け、男色は地獄に堕ちるぞといって僧侶を恫喝しました。

先祖を大切にする日本の風習を無視し、伝統的な先祖信仰を攻撃しました。こういうのを「いらんお世話」というのであって、思想的・文化的侵略と言うのです。

イエズス会に侵略の意図が全くなかったことは事実でしょう。彼らは純粋に自分がやっていることが正しいと信じ、ひたむきに伝導したのだと思います。

そのひたむきさは、日本にたくさんの良いものをもらたしました。信仰によって救われた人だけでなく、すぐれた医療技術や文化、建築なども。そういうプラスの面を評価することは大事なことです。

しかし一方で、神社仏閣を破壊し、僧侶を殺害し、非合法に長崎を寄進するという暴挙にもつながりました。宣教の良い面だけでなく、こういった悪い面も語られ記憶されるべきだと私は考えます。

>>キリスト教徒がそそのかして神社仏閣を破壊した訳ではありませんよ

もちろんイエズス会が指示して神社・仏閣を破壊させたわけではありません。しかしイエズス会の宣教に感化された過激な信者がやったのであり、大村純忠がそれを黙認したのは事実です。

イエズス会は純粋な信仰を持っていた。彼らに邪心はなかった。ひたすらキリストを述べ伝えることに熱心だった…そりゃそうでしょう。

しかしその純粋さが、神社仏閣の破壊を招き、僧侶を殺害し、大村純忠のような狂気を生み出しました。そのことは、よくよく記憶すべきです。

>>熊本では逆に日蓮宗の加藤清正を筆頭とする連中がキリスト教徒に与えられた聖堂の破壊活動を起こしています。

日蓮宗が破壊行為を働いたからといってカトリックによる破壊行為が正当化されるということにはなりません。

大村純忠が長崎をイエズス会に寄進した件についてはどう思われますか?

大村純忠は別に長崎を所有していたわけではないんですよ。

まあ実質は所有していたとしても、建前上は代々の大村氏は室町幕府から土地と人民の管理を委託されていたに過ぎません。大村純忠に、土地を寄進する権利なんて、無いんですよ。

それを勝手にイエズス会に寄進して、イエズス会は(断ることもできたのに)それを受け入れました。明らかな犯罪行為がここに成立しています。これをカトリックの立場からどうお考えでしょうか?

左大臣光永

日本はなぜ無謀な戦争に突入していったか?

■読者さまからのメール
いつもメルマガ、新聞配達の前に拝聴させて頂いております。
 明朗闊達、ダイナミックな光永様のお声に目覚め、頭は冴え、エンジンが入ります。教えられること多々、感謝にたえません。

 さて、先日「二条城」レポートを拝聴し、ふと、日頃、疑問だったことがさらに深まり、お忙しいかとは存じますが、本や歴史好きな友に聞いてもなかなか明確な答えが得られない、いわゆる「日中戦争から日米大戦へと突き進んでしまった理由」を、お尋ねいたしたく、メール差し上げました次第でございます。

 ちょうどのその折、ネットに『誰も言わない明治維新の真実』なるものが宣伝されてて、なんか怪しいな、と検索してみると、イギリスが開国派に資金援助していた、みたいなことを言っている、ということで、それほど驚くべき説でもない、との批判を目にしました。

 それはともかく、メルマガで語られてました「大政奉還」のシーン。。。あの歴史的瞬間から(というより、以前からでしょうが)怒涛の勢いで日本は世界に向かっていくわけでしょうが、私が一番、お尋ねしたかったのは、「なぜ日本は、日中戦争から日米大戦という無謀なことをするに至ったのか」なのです。

 「古事記」から始まり、戦国とメルマガで教科書でも知らなかったことを学ばせていただきましが、それを総括するのは無茶ですけど、おおむね日本の精神は「親方さまへの忠義」という気がしました。(間違っていたら、ご指摘下さいませ)

 その忠義も、正々堂々と言いますか、ちゃんとお互い名を名乗り、戦う。が、それが大砲だの戦艦だの、大量破壊兵器を手にするようになり、人間を「マス」で見るようになる。それが日本の美しい伝統とも言えた「武士道」を失わせ、無謀な侵略戦争へ向かわせた。「日清、日露」がその端緒と言えるのかもしれません。

 そこに、「日中戦争から日米大戦になぜ向かったのか」の鍵がありそうですね。それなら、なぜ、そういう「清國」や「露西亜」と戦おうって気に、日本をさせたのでしょう?

 西欧列強への嫉妬でしょうか。憧れでしょうか。世界(とりわけ西欧)を見てしまった開国派が、「僕らもあんな風に物質的豊かさが欲しい」と熱望し、本来、江戸以降、「温和な民」だった日本国民を煽る、いや。むしろ、権力者、金持ちを煽った。

 そんなざっくりした解釈でよいでしょうか。

 私、NHKラジオで歴史タレントの松村邦洋が出ている番組を聴くことがあるのですが、彼らは戦国武士や維新烈士の話は詳しく話します。しかし、これも学校の歴史教科書同様、大正から昭和、それも、軍国主義をひた走る日本の悲惨は口を閉ざします。内容的に暗くなったり、思想的になるので、放送出来ない、というのもあるのでしょうが、私が思うに、「その、あまり触れたくない部分こそ、歴史家は掘り下げて、教示して欲しい」ということです。

 もちろん、甘えてはいけない、と思います。だから、自分なりに色々と資料を探したり、詳しいかたにお尋ねするのですが、それが見事に真っ二つ。「自虐史観」か「反自虐」か、です。

 長くなって申し訳ございません。そこで、光永様に、ご助言頂ければ幸いですが、もっと客観的に、すっきりと整理出来るような良書、ございませんでしょうか。また、そうした歴史家、思想家、作家なども。どうやら、上記の著者、西鋭夫氏は怪しいようで、薦められてないみたいです。。。

 それから、よろしければ、光永様のご意見もお伺い出来れば、幸いでございます。どの辺りで、また、なぜ、日本が列強と伍そうと考えるようになったのか。もはや、源平、戦国大名、徳川などがロマンとなってしまうほどの、日本に成り下がってしまったのか。

 昨今、トランプ大統領と安倍総理の気持ちの悪いほどの「仲良し振り」を見聞きするにつけ、「ああ。日本って、いつまでたっても強国にはヘエコラし、アジア諸国には「オレ様!なんだなぁ」とつくづく感じてます。そんな怒りにも似た憤懣が、こうした、告白めいたメールになってしまったようです。お忙しいところ、本当に申し訳ございません。誰にも言えない、言っても相手にされそうにないところ、光永様に甘えてしまいました。お許し下さい。

 
 兼好法師、西行などに憧れます。。。が、時代がそれを許さない気がして。
 メルマガ、これからも楽しみに聴かせて頂きます。声の力、は波動なんですね。なんとか、私も元気かつ無事故で働いて参ります。
 お体、お大事に。

 長々と失礼致しました。

一メルマガ会員 S.T.



■左大臣光永の回答
S.T.さま、左大臣光永です。
先日はご連絡いただき、ありがとうございました。

なぜ日本が日中戦争から日米大戦に向かったのか?これは様々な要因が複雑にからみあっており、一言では答えられない問題です。

日中戦争については

・長引く不況により国民が政党政治に失望し、軍部に期待が高まっていた
・そもそも満州の利権はポーツマス条約で勝ち取った国際法上、正当なものであった
(少なくとも日本はそう認識していた)

ということが挙げられると思います。続く対米戦争については

・泥沼化した日中戦争をアメリカと戦うことで打開しようとした。
・アメリカから石油の輸入を禁じられて早期開戦するしかなくなった
・ヨーロッパにおけるドイツの快進撃を見て「これならいける」と思った
・当初は短期決戦で講和に持ち込むことを考えており、4年も戦うなど想定外だった
・情報分析が甘く、アメリカの国力を低く見積もっていた

などが挙げられます。またおっしゃるように、嫉妬であったり、憧れの感情もあったでしょう。

加えて、日本人特有の同調圧力というか、右へ倣え精神が挙げられると思います。

当時の軍部も庶民も別にアホではなく、「アメリカに勝つなど万に一つもありえない」と、少なからぬ人が見抜いていました。陸軍はともかく海軍には海外経験者が多く、欧米列強の力を肌で知っている者が多くありました。山本五十六が近衛文麿首相に対して「戦争となればはじめの半年や一年は暴れてみせますが、2年、3年となるとわかりません」と語ったのは有名な話です。

にも関わらず緒戦の勝利に酔い、戦勝ムードの中、突き進んでいきました。

「緒戦で勝利したらできるだけ早く講和に持ち込む」という当初の基本戦略を忘れて、ダラダラと戦線拡大していきました。

日本人特有の集団の圧力というか、例の「空気読めよ」という行動原理を感じます。つまり戦勝ムードで、わあっと盛り上がっている。その中に一人二人「違うんじゃないの?」という人がいても、集団の勢いで飲まれてしまう。後から考えると「どうしてあんなバカなことが起こったんだ?」とはなはだ理解に苦しむことに、なってしまいます。

先日も電通社員が過労から自殺に至りましたが、死ぬくらいなら辞めればいいわけです。現在の日本人には基本的人権が保証されていますから、本人が「辞めます」と言った以上、それを阻むことはどんな企業にもできません。だから、どう考えても死ぬのはおかしいんです。理屈にあわないんです。

それでも、過労死してしまう。理屈にあわないことが起こってしまう。それは集団に飲まれてしまい、その異常な環境が当たり前のような空気が出来上がっているからでしょう。不満を持っている自分のほうがクズであるかのように、洗脳されていくわけですよ。

だいたい日本人は個人としては優秀な人間がいくらでもいるのに集団になると途端にバカになります。

「テレビの凋落」という問題にしてもそうじゃないですか。近年、テレビ番組の質がゴミのように低下しています。もうバカしか見ないという惨状です。

芸人がギャアギャアわめくだけの「バラエティ番組」。あれ、少しでも知能があれば、耐えられませんよね。ああいう馬鹿げた番組に嫌気がさして、若者はテレビを見限り、どんどんみなくなっているのが現状です。

ではテレビ局のスタッフはテレビの現状に気づいていないのか?ちゃんと気づいているでしょう。テレビ局には超優秀な人材がゴマンといるはずです。その人たちは、テレビが今のままではマズいと考えています。

このままでは衰退する一方だと。しかし、個人としてどんなに優秀な人間がいても、もうテレビの衰退は止まらないと断言できます。

それは大きくなりすぎたテレビという組織の中で、個人がどんなに声を挙げても、集団の中に飲まれてしまい、改善には至らないからです。だからテレビは確実にこれからも衰退していきます。盛り返すことは、ありません。

テレビや過労死の話と戦争とでは話の規模が違いすぎますが、根底に流れる同調圧力とか右へ倣え精神は共通していると思います。

>大正から昭和、それも、軍国主義をひた走る日本の悲惨は口を閉ざします。内容的に暗くなったり、思想的になるので、放送出来ない、というのもあるのでしょうが、

たしかにそういった、思想的になるとか、話が暗くなるということもあるとは思いますが、特に太平洋戦争の話は「つまらない」のですよ。

これは太平洋戦争を記述する歴史家の責任が大きいと思います。私はずいぶん太平洋戦争の本を読みましたが、某艦隊と某艦隊が某海域で戦った、戦艦某と戦艦某が撃沈されたとか、そんな記述ばかりです。ほとんど人間が見えてこないです。記号と記号が戦ってるようにしか思えないんですよ。

戦艦や戦車の名前を列挙されても、べつだん兵器に興味が無いので、感慨がわかないです。

その上、出て来る地名が私の世代にはほとんど思い入れの無い東南アジアの地名ばかりですし。眠たくなります。戦国時代や源平合戦のほうか人気が高いのは当たり前です。

その点、同じ近代戦を描いても独ソ戦やヨーロッパ戦線、アフリカ戦線については人間にスポットを当てたすぐれた記録がたくさんあるので、興味がかきたてられます。太平洋戦争についても、もう少し人間臭く、しかも全体像を描いた記録が増えてくるといいと思います。

>時代がそれを許さない気がして。

「時代」というは何となく出来上がってる空気であったり、頭のいい人たちが自分たちの利益になるように意図的に作り上げたもので、つまり実体の無いものです。

たとえば私の世代では「新卒で就職し、正社員にならないと人生おしまいだ」という空気がありました。言うまでもなく、そんなことは無いのであって、私のように就職せず自分で商売をやればいくらでも食っていけます。そもそも「サラリーマン」や「正社員」という概念自体、戦後ようやく出てきた歴史の浅い概念にすぎません。

にも関わらず「新卒で就職しないと大変だ、大変だ」とわめき散らすのは、リクルートのような悪徳産業が自分たちの利益になるように煽り立てているからです。人を恐怖で煽って利益を得る。あさましい虚業であり社会から根絶すべき悪です。

ちょっと話がそれましたが「時代」とか「空気」というのはつまり、まったく従う必要が無い空虚なものだという話です。自分がやりたいことを優先すべきです。

左大臣光永

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