油小路の血闘

こんにちは。だいぶ寒くなってきましたね。
インフルエンザも流行っているようですから、
しっかり体調管理に気を付けて、うがいをして
野菜を食べて、夜は早めに寝ましょう。

さて本日は新選組の第41回「油小路の血闘」です。

斉藤一の報告

斉藤一は新選組の間者として御陵護士に潜入していましたが、
ついに伊東甲子太郎が新選組に叛くの真意をつかむと、
御陵護士の屯所を抜け出し、近藤勇、土方歳三に報告します。

時は慶応三年(1867年)十一月十日。

所は七条醒井の近藤の愛妾宅。

「伊東の計画では近藤局長以下幹部を殺害し、
自分が新鮮組を一手に握るつもりです。
風向きのいい日に屯所を焼き討ちにし、
逃げ出す隊士たちを、一一に斬り殺す計画です」

斉藤一の報告をきいて、近藤よりまず土方がいきり立ちました。

「だから俺はあの小僧は危ないと言っていたのだ!
近藤、すぐに高台院の裏山から大砲をぶっ放ち、
表門からは鉄砲で銃撃して、御陵護士を壊滅させよう」

「まあ落ち着けトシ」

いきり立つ土方を、近藤が制します。

「そこまでやっては騒ぎになる。
それよりも伊東をおびき寄せて、密かに殺ってしまおう」

伊東、近藤の愛妾宅に招かれる

かねてより伊東甲子太郎から近藤勇に、
借金の申し入れがあったのでした。

これは長州へ潜伏するための費用ということでした。
近藤は、ようやく金の工面がついた。今夜貸すからということで
伊東甲子太郎のところに人をやっておびき寄せました。

十一月十一日夕方。

伊東は籠に乗って、
七条醒井の近藤勇の愛妾宅にあらわれました。
供の者を一人連れているだけでした。

「近藤さん、お招きにより伺いましたよ」
「おうおう、上がれ。もう始めているところだ」

伊東、近藤、土方のほか、山崎蒸、原田佐之助といった
なつかしい面々がつどい、宴会となります。

「まあ飲みたまえ伊東くん」とっとっとっと…
「ああ、すみません近藤さん」
「それで、どうかね御陵衛士の活動は」
「はい。いよいよ本格的に長州に潜入しようと」

雑談をする伊東の横から、土方は調子よく
酒を注ぎます。

かつて芹沢鴨を暗殺した時も、
土方は大いに酒を進め、よっぱらわせたのでした。
土方の得意技と言えました。

伊東甲子太郎の最期

午後十時。

会津藩から届くことになっていた300両は結局届かず、
近藤は後日、そちらに届けるからということで
伊東を帰します。

もちろん、金の話など大嘘でした。

「ひっく…では、近藤さん、金子の件、よろしく」

「伊東くん、籠は?」

「あはは。近藤さん野暮なことを言わないでください。
こんなに…月の明るい晩ですよ。酔い覚ましもかねて、
東山まで歩いて帰ります」

「ははは。伊東くんは相変わらずの風流人だな。
道中、くれぐれも気を付けてな…」

伊東甲子太郎は謡曲の『竹生島』を歌いながら、
千鳥足で帰っていきました。

その頃七条通り油小路下るでは、

かねて近藤の命を受けていた
宮川信吉(みやがわのぶきち)・大石鍬次郎・
横倉甚五郎(よこくらじんごろう)の三名が息を殺して
待ち伏せていました。

伊東は醒井通りから木津屋橋通を右に折れ、
さらに油小路通りを左に折れます。

油小路の血闘

通りの右側には本光寺の影が見えていました。

薄闇の京の町を謡曲を歌いながら
ヨタヨタと歩いていく伊東甲子太郎。

「ああ…いい月だ」

本光寺門前ににさしかかった時、

物陰に潜んでいた宮川信吉がじゃっと抜刀。

トタタタッ

ぶんっ

と伊東の真正面から太刀をふるうも、

「うおっ!!」

伊東は焦りながらも
一の太刀をかわし体勢を立て直すとジャキンと腰の刀を抜き

「冗談を召されるな。冗談を召されるな」

言いつつ後にヂリヂリ下がると、

「きえっ」

物陰から飛び出してきた大石鍬次郎が伊東の横面へ斬りかかると、
正面に気を取られていた伊東はこれをよけきれず、

ズバアと左の耳から顎にかけて思いっきり斬りつけられ

「あああっ」

ばったり。

伊東は本光寺の門前で息絶えました。

享年三十三。

下手人たちは無言で伊東の死体をひっつかみ、
ズルズルと七条通りまで運んで、棄ておきました。
こうして伊東の仲間をおびき寄せようという計画です。

あかあかと月の光がふりそぞく中に、無惨
勤王志士の死体はその姿をさらすこととなりました。

寒さのため、伊東のはいていた仙台平(せんだいひら)の袴は
血が凍りついて板のようになっていました。

伊東一味をおびき出す

下手人の新選組隊士たちは、下人を町役人に仕立てて、
御陵衛士の屯所・東山高台寺塔頭・月真院に知らせにやります。

高台寺の塔頭月真院
高台寺の塔頭月真院

「たいへんです。伊東先生が斬られました!」
「なに!伊東先生が」
「下手人は!」

「とにかく、急がれよ」

こうして御陵護士たちをおびき出します。

新選組はこの年の六月に西本願寺の屯所を引き払い、新しく
不動堂村に屯所を移していました。
伊東甲子太郎が殺された本光寺前からは目と鼻の先です。

その、不動堂村の屯所で、伊東甲子太郎を討ち取ったと
報告を受けた近藤勇が、永倉新八、原田佐之助に
指令を出していました。

「ご両人。かねて新選組のためによからぬ企みをねっていた
伊東甲子太郎を討ち取った。死体は七条油小路に放置してあるによって、
すぐに御陵衛士の連中が引き取りに来るであろう。
この機に、伊東甲子太郎一派を殲滅する。
すぐに同士20名引き連れて、七条にご出張願いたい」

原田が言います。

「近藤局長。御陵衛士の中には、藤堂がいます。
藤堂は、まさか藤堂を斬るなどということは」

「うむ、藤堂か」

藤堂は伊東に従って新選組を離れましたが、
近藤や土方、永倉らとともに試衛館道場の時代から
いっしょにやってきた同志でした。
これを殺すのは、近藤とて忍びないものがありました。

「たとえかつての同志でも、
裏切りは裏切りである。許せるものではない。
…だが、打ち損じてしまったものは、
仕方が無い」

「心得ました!」

永倉新八、原田佐之助以下二十名が七条油小路に走り、
物陰に潜伏します。道の真ん中にはさむざむと
伊東甲子太郎のかわりはてた姿が横たわっていました。

油小路の血闘

午前2時頃。

通りのむこうからガチャガチャと騒がしい音が
近づいてきました。ああっ、あれじゃないのか。
伊東先生、伊東先生、などと聞こえました。

油小路の血闘

息を殺して待ち伏せる新選組隊士たち。

あらわれた御陵衛士の面々は七名。

全員が鎖帷子をまとい、
一つの籠をかついでいました。

伊東の死体を道路の真ん中に認めると、ああっ、伊東先生、
伊東先生とかけより、死体を籠の中にかきいれようとします。

その時、

パーーーン

原田佐之助が鉄砲をぶっ放ちます。

「なにっ」
「ぬおっ」

焦る御陵衛士の面々。そこへ四方からわらわらっと飛び出した
新選組隊士二十名が抜刀、じりじりと包囲網を狭めていきます。

「おのれ、新選組だな。汚いぞ」
「これが武士のやることか!」

口々の罵詈雑言をよそに、
新選組隊士たちは無言で斬りかかります。

キン、カン、キーン

深夜の七条油小路にひらめく白刃の光。

「多勢に無勢。かなわぬ。撤退。撤退」

御陵衛士の面々は散り散りになっていきますが、
その中に毛内有之助(もうないありのすけ)、
服部武雄、藤堂平助の三人が踏みとどまって、

キン、カン、キキン

あくまで新選組の攻撃を引き受け、仲間を逃がさんと
奮戦します。

中にも服部武雄の抵抗はすさまじく、
原田、岸島、島田の三名が取り囲んで斬りつけますが、

ズバアア

「ぐっ」

逆に痛手を負わせられました。

月の明るい晩のことで、双方、
戦っている敵の表情まで、はっきりと見て取れました。

その時、原田佐之助がぶうんと振った長槍を
アッとよけようと身をそらす服部武雄。

そこで原田は槍をいったん引き戻し、
エイと突き出した槍の切っ先が

ずぶーーーっ

「ぎゃぶううう」

深々と突き刺さり、服部武雄は息絶えました。

「おいら、こんな所で、やられねえぞ」

たったったった…

逃げていく藤堂平助。

その先には、
永倉新八が進路をふさいでいました。

永倉は、近藤から「藤堂を殺すな」と指示されていたこともあり、
また永倉自身にとっても藤堂は試衛館時代からの同志であり、
殺すつもりはありませんでした。

それとなく道をあけて藤堂を見過ごします。

その時、

「逃がすか!!」
「あっ、こら」

新人の新選組隊士三浦常次郎が事情を知らず、藤堂の後を追いかけ、
背中から思いっきり袈裟懸けに斬りつけると、

どだーーっ

血煙とともに藤堂は斃れながらも、こなくそっ。
ぶうんと後ろ手に太刀を振り回し、

すぱーーーーっ

「ぐはっ」

どたーーっ

三浦常次郎の両膝を切りました。

これで逃げる機会を失った藤堂平助は、

「ぐおおおお」

がむしゃらに
新鮮組隊士たちに斬りかかっていきますが、
ずばっ、ずばっ、ずぶう…

「ぐふう…」

全身をメッタ刺しにされ、ついに息絶えました。
享年24。

「ああ…藤堂…」

永倉新八は試衛館時代からの同志である藤堂が
こんな形で息絶えたことに、絶句します。

毛内有之助は七条通りを逃げていきましたが、
後ろから永倉新八に斬られて息絶えます。

服部武雄は油小路で五人を相手にもっとも抵抗しましたが、
乱戦の末に、とうとう打ち取られました。

御陵護士は藤堂平助・毛内有之助・服部武雄が討死。

新選組は原田佐之助・大石鍬次郎・岸島芳太郎・
芝岡万助・三浦常三郎が深手を負いました。

三浦は藤堂を斬った時に返された膝の傷がもとで、
後日、息絶えました。

四人の死骸は明け方まで残りの御陵衛士をおびき出すために
放置されていましたが、あらわれないので
翌十九日、回収し、壬生寺に埋葬しました。

遺された者たち

こうして、伊東甲子太郎の御陵衛士は
壊滅しました。

遺された伊東の同士たちは、絶望と怒りの中にいました。

「おのれ新選組!」

「いくら立場が分かれたとはいえ、伊東先生は、
もとは同志ではないか。
それを、あのような卑劣なだまし討ち。
あれが武士のやることか」

「ぜったいに許せぬ!」

「新選組、討つべし」

中にも、伊東の実弟の三樹三郎と、古くからの同志であった篠原泰之進は、
近藤勇への殺意をたぎらせていました。

次回「天満屋騒動」お楽しみに。

本日も左大臣光永がお話ししました。ありがとうございます。

解説:左大臣光永