山南敬助の脱走

こんにちは。左大臣光永です。
秋晴れの気持ちのいい日が続きますね。
栗やサンマや秋ビールといった秋の味覚も楽しみな昨今、
いかがお過ごしでしょうか?

さて本日は新選組の第34回
「山南敬助の脱走」です。

山南敬助 その人物

「まさか、山南さんが…!」
「ウソだろ…」

慶応元年(1865年)2月23日。

新選組総長山南敬助が、脱走しました。

新選組では脱走はご法度。

即切腹です。

それを承知の上で脱走とは、
よほどの覚悟だったと思われます。

「よほど思いつめてたことがあったのかなあ…」

試衛館道場以来の同士である山南が脱走したということで、
隊士たちの間に動揺が走ります。

山南敬助。

温厚な人柄で
近藤からの信頼も厚い人物でした。
背はあまり高くなく、
色の白い愛嬌のある顔をしていました。

仙台藩脱藩と伝えられますが、詳しい出自はわかりません。
もと小野派一刀流撃剣道場の所属で、
後に近藤勇らの試衛館道場に入りました。

文久三年(1863年)2月、浪士組が京都に入り
その後新選組が結成されてからは、
土方歳三と並び、副長に任じられました。

学問もあり武芸も達者なので、
宿の主人八木源之丞にはきさくに話せる相手でした。

まだ新選組が壬生浪士組と呼ばれていた
貧乏時代のこと。

山南敬助は黒の羽二重の紋付に同じ黒羽二重の
合わせを着ており、その袖口がぼろぼろに破れ、
合わせの所が刀の鍔ですり切れて、穴が開いていました。

ふところに入れた紙などがその穴から出てくるという有様で、
ある時、縁側に立って袖口のぼろをひっぱり出していたところを、
源之丞の息子に目撃されます。

「おっちゃん、ビンボウなのか?」
「あっ…おっ、こりゃあ坊主に大変なところを
見られちまったなあ」

そう言って山南は頭をかきかきしました。
子供好きで、愛敬のある男でした。

その後、山南は大阪での不逞浪士の取り締まりなどに功績を上げますが、
初代局長・芹沢鴨の暗殺に参加して以降は、一切の公務を拒否し、
病と称して引きこもってしまいました。

池田屋事件の際も、山南は参加していません。

うつ病のような状態になって、
ふさぎこんでいたようです。

また山南は熱心な勤王思想の持主でした。そのため、
新選組が日に日に単なる佐幕の組織に成り下がっていくことに、
不満を抱いていたともいわれます。

隊の中では伊東甲子太郎と勤王思想において通じるところがありました。

「伊東くん、君の考えはすばらしい。
やっぱりこの頃の近藤さんはおかしいんだ。
新選組はよって立つ所を失ってきている」

「そうでしょう山南さん。どうですか、
お互いに新選組を抜け出して、まったく新しい
尊王攘夷の組織を作るというのは」

「伊東くん、やるかね」

…などと伊東と山南で気脈を通じあっていた、というのも一説です。

沖田総司の追跡

とにかく、山南敬助は脱走しました。

慶応元年(1865年)2月23日のことでした。

奇しくも2年前のこの日、新選組の前身たる浪士組が
中仙道をのぼり京都に到着した、記念すべき日でした。

「総司、すぐに山南を追ってくれ」

「近藤さん、まさか山南さんが切腹なんてことには」

「脱走は法度により切腹。例外は認められん」

「だって、山南さんは試衛館からずっと
いっしょにやってきた仲間じゃないですか」

「総司、俺にも人並に情はある。
だが情に流されては規律が立たん。
これは規律の問題だ。それに」

近藤がその先を言わずとも、
沖田は理解していました。

もはや山南敬助は今の新選組体制下では不平分子でしかない。
その山南敬助が脱走してくれたことで、
近藤は容赦なく、
山南を粛清する大義名分を得たことになる。

そして今回の処分を許し難いとして
新選組を離れていく者が出るはずであり、
近藤にとって、それこそが狙いでした。

これからの新選組は長州との戦をひかえ、
ますます非情な、鉄の掟で結束しなければならない。
そんな時、情に流され、規律を無視する者は
早めに排除しておきたい。
その結果、新選組の鉄の掟がますます強まることになる…

追跡役として、山南が普段から弟のように可愛がっていた
沖田を命じたことも、
いかにも凄みのあることでした。

沖田が追跡役に任じられたと聞き、
隊士たちの間に動揺が走ります。

「沖田、どうするつもりだ」
「本当に山南さんを追うのか?山南さんだって
何か考えがあってのことだろ。逃がしてやろうぜ」
「沖田、かまわねえよ。
適当に探したふりして、いませんでしたって帰って来い」
「ひょっとしてなあ、近藤さんも、それを考えているんじゃ…」

しかし沖田は言います。

「私はこれより局長の命により、山南さんを追います」

「沖田!」「沖田!」

9歳の時に試衛館の内弟子となって以来、
沖田はずっと近藤の間近にいました。

近藤と過ごしてきた時間は、
新選組隊士の誰よりも長く、密なものでした。

だから沖田には、
今の近藤の立場、考えが誰よりもよくわかっていました。

(近藤さんは私を試している。
あくまで非情に徹し、新選組に殉じる。
その覚悟があるのか。
情に流されて山南さんを見逃がすのか…)

バカカッ、バカカッ、バカカッ、バカカッ

沖田の乗った馬が、東へ走ります。

大津の夜

山南敬助は大津に宿を取っていました。

一風呂浴びてから山南が部屋に戻ってくると、
障子のむこうにしゃんと端坐した影法師が見えました。

「あっ…」

ス…と障子を開く山南。

「沖田くん…君だったのか」

「山南さん…どうしてこんなことに
ぼくは悲しいですよ」

向かい合う沖田・山南。

次回、「山南敬助の最期」お楽しみに。

本日も左大臣光永がお話いたしました。
ありがとうございます。

解説:左大臣光永