永享の乱・結城合戦

永享の乱

永享10年(1438)8月、将軍足利義教は後花園天皇に働きかけ、足利持氏追討の綸旨を出させます。

「帝の綸旨が下ったぞ!者ども、ぞんぶんに敵を討伐せよ!」

義教はすぐさま討伐軍を組織。上杉持房(うえすぎもちふさ。上杉禅秀の子)、越前の朝倉孝景(あさくらたかかげ)、美濃の土岐持益(ときもちます)、2万5千を先陣として出発させます。

征東軍は東海道を東へ進み、三島から二手に分かれ一手は足柄路へ。一手は箱根路へ。双方、持氏方を撃破しながら、鎌倉を目指します。

同じ頃、上野の上杉憲実が平井城を出発していました。

「ああ…あわわ…大変なことになった!!」

足利持氏はすっかり取り乱していました。四面楚歌とはこのことでした。そもそも持氏の軍事力は大半が上杉憲実の手でした。その上杉憲実が敵対した以上、どうにもなりませんでした。

さらに追い打ちをかけるように、鎌倉留守役・三浦時高が寝返ります。

「それっ!公方邸を焼き払え!!」

ひゅん、ひゅんひゅん…

ごおおーーーーーー

「ああ…鎌倉が火の海に…」

足利持氏の息子・春王丸と安王丸は鎌倉を脱出。日光山に落ち延びます。

足利持氏軍は、鎌倉を北上して敵を迎え撃つつもりでしたが、途中あまりの劣勢に無理と判断し、海老名に、ついで鎌倉に退こうとしました。しかし、その途中。

「そこなるは、公方殿の軍かーーーッ」
「くっ…囲まれた!!」

よりによって、上杉憲実の家臣・長尾忠政(ながおただまさ)でした。もうダメだ!そう考えた足利持氏は、涙ながらに訴えます。

「あああああああああ!わしは!!そんな、幕府に背くなど、違うんだそんな!!誤解である!!お前の主人上杉憲実は、私を見捨てるのか!?あんなに長い間仕事をしてきた仲じゃないか!!まさかそんな、見捨てるなんて、するまい!!私は幕府に背いてなんか、いないのだから!!」

「落ち着かれよ!」

「そうだ!出家しよう。私は、背いてなどいない。平和な男なんだ。それを、示すために!私は!出家する!」

こうして足利持氏は、相模称名寺で出家してしまいました。

「まったく…切り替えの早いお方だ」

苦笑する上杉憲実。しかし、容赦なく軍勢を進め、称名寺を包囲します。持氏は称名寺をひっぱり出され、鎌倉の永安寺に移されます。

とはいえ、上杉憲実にも慈悲はありました。

「あのまま殺すのは寝覚めが悪い。命だけはお助けしてさしあげたい」

そこで上杉憲実は幕府に嘆願書を出し、足利持氏の助命と、その子義久の鎌倉公方就任を求めました。さて将軍義教の判断は、

「ダメだ!持氏とその一族は皆殺しだ!!」

やむなく、上杉憲実は称名寺を攻め、持氏は鎌倉の永安寺で自害し、鎌倉府は滅亡しました。息子の義久も鎌倉の報国寺で自害しました。この戦いを永享の乱といいます。

結城合戦

騒ぎはこれだけで終わりませんでした。上杉禅秀の乱の時と同じく、反乱の首謀者足利持氏が死んでも、その残党が、幕府への不平分子となってくすぶっていました。

永享の乱の後、将軍足利義教はわが子を新しい鎌倉公方として鎌倉に下らせようとします。これに反発したのが、関東の反幕府勢力です。

「もう京都の指図は受けぬ!関東は関東でやっているんだ。それをグチャグチャ口を挟むから、前の永享の乱のようなさわぎが起こった。すべての元凶は、京都の足利将軍家ではないか!」

永享10年(1440)、下野の結城氏朝(ゆうきうじとも)は、持氏の遺児・春王と安王をかついで挙兵します。春王と安王はまだ15、6歳の若者でしたが、二人の名で、関東各地の豪族たちに挙兵を呼びかける檄文が飛ばされました。

「まだ逆らうのか!持氏の子らを攻め滅ぼせッ!!」

将軍足利義教は、上杉清方・駿河の今川範忠・信濃の小笠原政康らを下野に討伐軍として遣わします。結城氏朝らは結城城(現茨木県結城城跡)に立てこもり、籠城戦を行います。しかし、籠城戦が長引くと食料も尽きてきました。味方は次々と餓死していきます。そんな時、幕府軍から呼びかけがありました。

「女だけは逃がしてやるから、出せーーーっ」

「おお…天の助け!」

そこで結城氏朝は、足利持氏の遺児・春王と安王を女装して逃がそうとします。しかし、

「あれは!持氏の子だ!」

わあーーーっ

正体を見破られ、捕らえられてしまいました。

「かくなる上は結城城を枕に討ち死にせん!結城氏朝ここにあり」

ばかかっ、ばかかっ、ばかかっ…

結城氏朝は駆け出していきますが、

ずば、ずば、ぐぶうぅぅ

幕府方に討ち取られます。

持氏の二人の遺児、春王と安王は京都に護送される途中、美濃の垂井で切られました。

こうして結城合戦は幕府方の勝利に終わり、以後、関東の実権は上杉憲実が握ることとなります。

次回「「悪御所」足利義教」に続きます。

解説:左大臣光永

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