楠正成の最期

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楠正成の献策

延元元年(1336)4月、九州で力を蓄えた足利尊氏は、四国・中国で味方を集めながら、山陽道を京都目指して攻め上ってきます。京都では、後醍醐天皇以下、軍議が開かれました。

「楠正成よ、摂津で新田義貞と合流し、尊氏を迎え撃て」

「帝。恐れながらその案には反対でございます」

「なに?」

「尊氏は九州一円の味方をひきつれ、たいへんな勢力になっておりましょう。これを正面から迎え撃つのは無謀。それよりも帝は一時比叡山にお逃れになり、尊氏を都に入れてしまいましょう。その上で、私と新田義貞殿とで京都を攻め、尊氏を挟み撃ちにするのです」

「むむ、さすがは正成である」

そう後醍醐天皇が納得しかけたときに、坊門宰相清忠という公卿が口をはさみます。

「正成殿はそうおっしゃるが、帝が年に二度も都を離れるでは民の心が離れてしまいます。それに尊氏の勢力といっても、それほどのものでもないでしょう。やはり都の外で迎え撃つべきです」

戦のプロである正成からすると、いかにもシロウト意見でしたが、とうとう都の外で迎え撃つことに決まってしまいました。

「うむむ…こうなった上は仕方が無い」

5月16日、楠正成は無謀と知りながら、500余騎を率いて新田義貞の待つ摂津に出発します。

桜井の別れ

足利尊氏との決戦のため兵庫に向かう楠正成。

正成には、もう、負けることはわかっていました。時勢は尊氏にある。それはわかっている。

しかし、わたしは最期まで帝にお仕えするのだ。

正成は、途中大阪の桜井という宿場町で、嫡子正行(まさつら)に言います。

「お前は故郷の河内へ帰れ」

「何をおっしゃるのです父上!正行は父上とともに最期まで朝敵と戦い、名誉ある討ち死にを遂げとうございます」

「聞け正行。獅子はわが子を千尋の谷に突き落とすという。そうして登ってきた者だけを真の子として認めると。お前ももう10歳をすぎている。父の言うことをよく聞くがよい。

わしが死ねば世は足利の天下となる。そうなってもその場限りの命を助かろうとして長年にわたる天皇への忠節を捨てて降参してはならない。

一族のうち一人でも死に残ってあるうちは、金剛山(こんごうせん)のあたりに籠って、抵抗せよ。これぞお前がなしうる第一の孝行であるぞ」

「うう…父上」

こうして父正成は西の摂津へ、子政行は東の河内へ、それぞれ別れていくのでした。『太平記』に描かれた有名な「桜井の別れ」の場面です。ただし『太平記』はあくまで物語であり、
実際にこういう場面があったかは…不明です。

楠正成、これを最後と思い定めたりければ、嫡子正行が十一歳にて父が共したりけるを、桜井の宿より河内へ帰し遣はすとて、泣く泣く庭訓を遺しけるは、「獅子は 子を産んで三日を経る時、万仞の石壁より母これを投ぐるに、その獅子の機分あれば、教へざるに中より身を翻して、死する事を得ずといへり。況や汝はすでに十歳に余れり。一言耳に留まらば、吾が戒に違ふ事なかれ。

今度の合戦天下の安否と思ふ間、今生にて汝が顔を見ん事、これを限りと思ふなり。正成討死すと聞かば、天下は必ず将軍の代となるべしと心得べし。しかりといへども、一旦の身命を資けんがために、多年の忠烈を失ひて、降参不義の行迹(ふるまひ)を致す事あるべからず。一族若党の一人も死に残つてあらん程は、金剛山に 引き籠り、敵寄せ来たらば、命を兵刃に堕し、名を後代に遺すべし。これをぞ汝が孝行と思ふべし」と、涙を拭つて申し含め、主上より給はりたる菊作りの刀を記念に見よとて取らせつつ、各東西に別れにけり。その消息を見ける武士ども皆感涙をぞ流しける。

湊川の合戦

5月25日。足利尊氏は摂津湊川にて楠正成軍を撃滅します。かつて源義経が平家軍を壊滅した「一の谷」の戦場と同じあたりです。

楠方はさんざんに打ち破られ、わずか七十三騎となり、覚悟をきめた正成は弟の正季とともにある民家に逃げこみます。

いよいよ切腹という段になって、
正成は弟の正季に

「思い残すことは無いか」
「七度までも生まれ変わって、朝敵をほろぼしとうございます」
「いかにも罪深い考えだが…わしも同じ気持だ」

ズブッ…兄弟刺し違えて命を絶ちました。一族郎党もこれに習い切腹して果てた、と『太平記』は伝えます。

足利尊氏の動き
【足利尊氏の動き】
①1333年5月 六波羅探題を陥落させる
②1335年7月 中先代の乱
③1335年8月 鎌倉奪還
④1336年1月 新田義貞軍を箱根で破り、入京
⑤1336年2月 北畠顕家、新田義貞軍に敗れて九州へ
⑥1336年4月 楠正成を湊川に破り、入京

次回「建武式目と足利幕府の始まり」に続きます。

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本日も左大臣光永がお話しました。ありがとうございます。
ありがとうございました。

解説:左大臣光永

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