足利尊氏の都落ち

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足利尊氏の京都入り

建武三年(1336)正月十一日、足利尊氏は京都を制圧しました。しかしすでに後醍醐天皇は比叡山に避難していました。その上、すぐに奥州から陸奥守・北畠顕家が攻め寄せ、後醍醐天皇方と合流します。

尊氏方は大津の三井寺に立てこもって対抗するも、すぐに北畠顕家軍に破られます。

正月16日。新田義貞は、壊滅状態になって逃げていく足利軍に容赦ない追撃を加えます。その頃尊氏は三条河原で出撃の準備をしていましたが、そこへ、味方が落ち延びてきました。

「なに!三井寺が破られたと!」

「新田軍が、すぐに攻め寄せてきます!」

「ぐぬぬ…」

新田義貞軍は足利尊氏軍を攻めに攻めます。尊氏は連戦連敗を喫しますが、辛くも一命は取り留めました。

正月27日。後醍醐天皇方は京都を取り囲み、総攻撃を仕掛けます。

わあーーーっ

京都に乱入するや、後醍醐天皇方の兵士たちは市中に火を放ち、尊氏軍をあそこにここに打破ります。戦況は一進一退するも、しだいに天皇方優勢となります。

光厳上皇の擁立

「くっ…ここはいったん退くのだ」

ばかかっ、ばかかっ、ばかかっ…

都落ちを決めた尊氏は、摂津湊川で敗走する味方と合流。ともに九州に落ち延びていきます。

途中、播磨の室津で軍議を開きました。側近の赤松円心が発言します。

「戦には旗印が必要です。敵は錦の御旗を仰いでいるのに、我々には仰ぐべき何物も無い。これでは単なる朝敵です。これでは、いけない」

「ではどうする」

「持明院方の天皇を立てましょう」

「ううむ…やはりそれしか無いか…」

尊氏は赤松円心の策を入れて、持明院統の光厳上皇のもとに書状を送ります。光厳上皇は、

「尊氏め。権力のためにはどちらの天皇でもいいから立てろという考えか。だがよい。それで我等持明院統が返りさけるなら、尊氏の話に乗ってやろうではないか」

こうして光厳上皇は尊氏のもとに後醍醐天皇追討の院宣を下します。

しかし尊氏の中には迷いがありました。

「これでよかったのか。本格的に帝と対立することになってしまうが…」

「兄上、まだそんなことをおっしゃっているのですか!敵は徹底して叩かねばなりません」

「そんなお前、帝を敵だなどと」

「しかし、実際戦は避けられません」

「うう…しかし」

こんなふうに尊氏は生涯、後醍醐天皇を敵に回したことを悔やみ、罪悪感を抱き続けました。対して弟直義は積極的に、後醍醐天皇と敵対し、滅ぼそうという考えでした。

九州の足利尊氏

尊氏一行は瀬戸内海を通って、中国・四国の味方と連絡を取りながら、九州まで落ち延びます。

「われらが将軍さま、ようこそ九州へ」
「いややや、私はまだ征夷大将軍にはなっていないぞ」
「なにをご謙遜を。実質はもう、征夷大将軍ですよ」

九州で尊氏は少弐一族に迎えられます。少弐一族はモンゴル襲来(文永・弘安の役)の時日本側の指揮官として活躍した少弐景資の子孫です。

3月2日。尊氏は筑前多々良浜(福岡市東区)で天皇方の菊池武敏(きくちたけとし)を撃破。以後、尊氏は一カ月かけて九州の武士たちを味方に引き入れます。

4月2日、尊氏はふたたび上洛を目指して東へ向かいます。途中、四国・中国で味方を集めながらの行軍でした。

足止めを食らう新田義貞

尊氏が九州で勢力を拡大していた頃、新田義貞は山陽道に尊氏討伐軍の大将として向かっていました。播磨の白旗(しらはた)城(兵庫県赤穂郡)を守る尊氏方の赤松円心は、新田義貞に提案します。

「私に播磨の守護職をいただけるなら、天皇方に降参します。新田殿、帝に取次いでいただけますか」

「そういうことなら、帝もけして悪くなさらないでしょう」

そこで一カ月かけて新田義貞は後醍醐天皇との取次を赤松円心のために行います。しかし赤松円心のこの申し出はまったくのハッタリでした。新田義貞が後醍醐天皇と交渉している間に赤松円心は、白幡城の防護を固め、

「かーーっかっか!愚かなり新田義貞!俺が将軍さま(尊氏)を裏切るとでも思うたか」

「ぐぬぬ。赤松許し難し!必ず、白旗城を落とせ!!」

地団太を踏んで悔しがる新田義貞。以後、義貞は一カ月あまりを白幡城攻略に費やし、尊氏追討の機会を失ってしまいます。

戦略上たいして意味も無い白幡城など無視してさっさと船で九州方面に攻め下るべきでしたが、新田は名誉を重んじる古い時代の武士であり、足止めを食らってしまいます。その間、九州一円で味方を増やした尊氏は、大挙して京都に攻め上ります。

次回「楠正成の最期」に続きます。

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本日も左大臣光永がお話しました。ありがとうございます。
ありがとうございました。

解説:左大臣光永

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