以仁王の乱(三)宇治合戦

こんにちは。左大臣光永です。
梅雨の合間でしょうか。今日は朝からすがすがしい天気です。
いかがお過ごしでしょうか?

さて先日再発売しました『朗読 孫子 For Windows』
ご好評いただいています。
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次回から、孫子にあわせた話題をお届けしますので
お楽しみに。

本日は以仁王の乱の最終回「宇治合戦」です。

▼音声が再生されます▼

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前回までのお話

後白河法皇第三皇子以仁王は打倒平家の令旨(檄文)を
発し、全国の源氏に呼びかけるも、平清盛はこれを
いち早く察知。以仁王を捕えるため、武士を差し向けます。

以仁王は清盛の追跡をのがれるため
京都を逃げ出し、大津の三井寺に身を寄せますが、
三井寺の僧兵だけでは強大な平家の軍事力に対抗することは
無理。そこで、興福寺と合流をはかり、
以仁王、源三位入道頼政以下、三井寺の僧兵たちは
奈良へ向かいますが、平家方はいち早くこの動きを察知。

藤原景家、藤原忠清以下
300騎が宇治へ向かいます。

以仁王逃走経路
以仁王逃走経路

▼第一回「打倒平家の令旨」▼
http://history.kaisetsuvoice.com/Mochihito1.html

▼第二回「延暦寺と園城寺▼
http://history.kaisetsuvoice.com/Mochihito2.html

時に治承4年(1180年)5月26日。

宇治川の戦い

以仁王は、馴れない乗馬のため、三井寺から宇治の間で
六度までも落馬なさいます。

「殿下、御無理をなさいますな」
「案ずるな。急がねば、平家に追いつかれる」
「もう少しの御辛抱です。宇治につけば、
平等院で一休みできましょう」

源三位入道頼政は77歳の老骨に鞭打って、
以仁王を気遣いながら、宇治を目指します。

平等院鳳凰堂
平等院鳳凰堂

ようやく宇治に着いた一行は、
平家方の追跡を少しでもはばむため、
宇治橋の橋板を三間引き外し、
以仁王をしばらく平等院で休ませることにしました。

宇治橋
宇治橋

すでに平家方300騎は木幡山を越えて、
宇治川沿いまで攻め寄せてきました!

ワアアアーーーー

ワアアアアーーーー

宇治川をはさんで互いに鬨の声を上げる
平家方と以仁王方。

ひゅん、ひゅんひゅん…ひゅん

双方から矢が飛び交います。

しかし。

以仁王方は三井寺の僧兵たちを連れているといっても、
正面から平家方300騎とやり合えるほどの戦力はなく、
長く平家軍の攻撃を防ぎきれるものではありませんでした。

「渡せ、渡せーーーッ」

ざばざばざはざーー

平家方は馬を筏のように並べて、宇治川を渡り始めます。
以仁王方は宇治川の対岸から必死に矢を浴びせかけますが、
ついに平家方は宇治川を渡り切ってしまいます。

馬筏
馬筏

平等院へ

源三位入道頼政は70にあまって戦して左の膝頭に流れ矢を受け、
もはやこの痛手では助かるまい心静かに自害せんと、
平等院の門の内へひき退く所に、

平等院参道
平等院参道

「そこなるは源三位入道殿とお見受けいたす!
御覚悟」

平家方の武者たちが襲い掛かり、
もはや最後と覚悟を決めた源三位入道頼政。

その時!

兼綱の活躍

がちーーーん!!

「か…兼綱っ…!」

平家方の太刀を受け止めたのは、
頼政の次男源大夫判官兼綱でした。

「父上!それがしが時を稼ぎます。
この間にお逃げくだされーーーッ」

兼綱は、次々と攻め寄せる平家軍と
返しあわせ、返しあわせ、
父をかばって戦うも、

ひょうーーーー

すぷーーっ

「くっ、はあああーーーー」

飛んできた一筋の矢が、兼綱の顔につきささり、

「う、うう…うう…」

よろめく兼綱。

そこへ平家方が、

ばかかっ、ばかかっ、ばかかっ、ばかかっ、

馬をならべて、

むんず、

どたーーーっ

兼綱を大地に引き落とすと、
兼綱は顔に矢がささったまま、
土煙の中、よろよろと立ち上がり、

ばっ!!

自分を引き落とした平家方の武者を、
取って押えて首をかき、
立ち上がろうとした所に、

「取り押さえよ!!」

平家方の武者十四五騎、
いっせいに馬から飛び降り、源大夫判官兼綱を取り押さえ、
ついに兼綱は首かっ切られます。

源大夫判官兼綱の、その鬼神のごとき戦いぶりは
祖先の八幡太郎義家を思わせるほどのものだったと
伝えられています。

嫡子伊豆守仲綱も全身傷だらけになって戦い、ついに
平等院の観音堂にて自害しました。

源頼政の最期

源三位入道頼政は、70過ぎて戦して、
次男兼綱、嫡男仲綱を次々と討たれ…
今はこれまでと
今日「扇の芝」とよばれる平等院の一角ですわりこみ、
渡辺長七唱を召して、

「わが首取れ」

しかし唱は…

「……できません!御自害くだされば、その後に
お首をいただきます」

「わかった…」

頼政は、高らかに念仏十篇唱え、

うもれ木の花咲くこともなかりしに
みのなる果てぞかなしかりける

私の生涯は土に埋もれたままのうもれ木のように
最後まで花咲くことはなかった。そのあげく、こうやって
むざむざと死んでいく。悲しいことだ。

平等院 扇の芝
平等院 扇の芝

平等院 扇の芝
平等院 扇の芝

扇の芝 案内板
扇の芝 案内板

何の実もつけなかった。まったくの徒労であったと…。
源氏の生き残りにして、唯一人、従三位にまで登った頼政の一生は、
けして何の実りもなかった、などとは言えないはずです。
にも関わらず、悲痛な歌です。

ブスススス…

こうして源三位入道頼政は腹かっ切り、
その生涯を閉じました。享年77。

渡辺長七唱は泣く泣く主君の首を取って、石にくくりつけて
宇治川の深き所に沈めました。

源頼政の墓
源頼政の墓

源頼政の墓 案内板
源頼政の墓 案内板

以仁王の最期

一方の以仁王は、奈良興福寺との合流をはかり
木津川(きづがわ)沿いに南へ、南へと、逃げていきます。
逃げる以仁王を、平家方の飛騨守景家が追いっかけます。

以仁王の最期
以仁王の最期

光明山寺(こうみょうせんじ)の鳥居の前を、
30騎ばかりで逃げていく以仁王の一群、
その背中から

「射とれや!」
ババババ!

雨のふるように矢を射かけると、
以仁王の左のわき腹に一本の矢が突き刺さり

「うっあああーっ!」

どっかあーーー

馬から落ちる以仁王、そこへ襲い掛かる
平家方の武者たち、ずばっ、ずばずばずば

「ぐ…ぐぬう…無念」

ついに以仁王は首かっ斬られてしまいます。

以仁王の乱が残したもの

打倒平家の令旨を発した以仁王、
また以仁王にくみした源三位入道頼政、
いずれも平家打倒には至らず、
志なかばで悲惨な死を遂げてしまいました。

しかし!

以仁王が発した打倒平家の令旨は
源行家によって全国の源氏にとどけられます。
伊豆の源頼朝、信濃の木曽義仲、甲斐の武田信義、
四国の河野通信、九州の緒方惟栄…
全国の源氏たちが立ち上がり、
やがて平家滅亡へとつながっていきます。

次回、「平清盛の福原『遷都』」に続きます。

朗読『孫子』For Windows
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解説:左大臣光永

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