川中島の合戦(三)啄木鳥戦法

こんにちは。左大臣光永です。

この前富士山見てて思ったんですよ。あのスコーンと抜けるような富士山の雄大なたたずまいは、静岡の人々の精神的な部分にも影響を与えているだろうと。朝な夕なに、一日中見ていると、いい感じになりますよ。そうそう暗いことは考えない。静岡の人の心に、無意識のうちに富士山はよい影響を与えていると思います。見ないとしても、心の中に、ああ私は富士山が見える所に住んでいるんだという、その気持ち。大きいと思います。

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本日は「川中島合戦」第三回「啄木鳥戦法」です。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/Kawanakajima3.mp3

第一回、第二回もあわせてお聴きください。

第一回「上杉謙信と武田信玄」
http://history.kaisetsuvoice.com/kawanakajima.html

第二回「妻女山」
http://history.kaisetsuvoice.com/Kawanakajima2.html

信玄 雨宮渡から茶臼山へ

武田信玄率いる本隊18000名は、諏訪を経由して和田峠を越え、
8月24日、川中島に到着します。

「なんなのだ、この布陣は…」

出迎えの者から報告を受けた信玄は言葉を失います。

上杉政虎(謙信)は海津城を無視して、武田の勢力圏奥深い妻女山に
布陣しているのでした。今回は千曲川をはさんだにらみ合いでは
終わらせない。上杉政虎の強い覚悟が見てとれる布陣でした。

武田軍は雨宮渡(あめのみやのわたし)で軍議を開きます。

雨宮の渡
雨宮の渡

武田方、雨宮の渡にて軍議
武田方、雨宮の渡にて軍議

「上杉がどうあろうと、まずは海津城に向かうのが先決でしょう
高坂弾正殿を孤立させるわけには、いきません」

「いや、それよりも妻女山を包囲すればよかろう。
山にたてこもる敵ならば。包囲を続けるだけで
兵糧が尽きて、勝てる」

「御屋形さま、いかがしたものでしょう」

「うむ。犀川を越え、千曲川を越え、わざわざ我らの勢力圏奥深い妻女山に
陣を取るとは…。不利を知っての上の、高所への布陣。
政虎にはよほどの策があるのだろう。ノコノコと川中島に出ていっては、
それこそ袋の鼠となる危険がある」

そこで武田軍1万8千は上杉軍のたてこもる妻女山を横目に見ながら千曲川を渡り、
妻女山北西の7キロの茶臼山(長野市篠ノ井)に陣取ります。

武田方、茶臼山に移動
武田方、茶臼山に移動

茶臼山は妻女山より200メートルほど標高が高く、
川中島を一望できる見晴のよい山です。
現在、茶臼山動植物園や恐竜園、自然館があります。

信玄 政虎に使いを送る

信玄は妻女山の上杉政虎の動向をさぐるため、初鹿野伝右衛門(はじかのでんえもん)を使者として遣わします。

「信玄公よりの口上です。『貴殿は犀川を越え、千曲川を越え、武田の勢力圏に奥深い妻女山に陣取られた。勇ましい限りである。それがしも茶臼山に陣取りをいたしたが、貴殿は海津城を攻撃なさるおつもりか。それとも茶臼山でそれがしと一戦なさるか」

これを伝え聞いた上杉政虎は、武田の挑発とわかったので答えました。

「それがしは客人。貴殿は亭主なれば、まずは亭主の貴殿から、いかようにも馳走をお始め下され。われらは北国育ちで固い食物にもなれております。いかなる献立でも喜んでお受けします」

そっちからまず動けと、挑発に挑発で返したのです。

「ぐぬぬ…上杉政虎。味な真似を。勘助、何か策は無きか」

信玄に問われて軍師の山本勘助、答えます。

「されば妻女山のふもとに紙の旗を多く立て、夜はかがり火を焚いて
大軍が包囲しているように見せましょう」

「うむ。すぐに取りかかれ」

そこで妻女山のふもとの村々に命じて、紙の旗を立てさせ、夜はかがり火を焚いて大軍が包囲しているように見せました。

「ああ…武田の大軍が、われらを包囲している」
「やっぱりこの遠征は、無謀だったんだ…」

上杉の足軽たちはあわてふためきます。ことに犀川、千曲川とふたつの川を越えてきたことであり、背後の茶臼山を武田勢に遮断され、補給も絶えてしまったのです。士気の低下いちじるしいものがありました。

しかし大将の上杉政虎は、妻女山の山頂で悠然と琴を爪弾き、朗々と詩を吟じていました。落ち着いたものでした。

そこで直江景綱、宇佐美定満(うさみさだみつ)両名が本陣に参り、
申し上げます。

「御屋形さま、詩など吟じている場合ではござりまぬ。
すぐに越後に援軍を要請してください。
善光寺への通路を遮断され、食糧も尽きてしまいます。
軍中の米だけでは、もって十日です」

これに対し政虎は酒をあおりながら、

「なに十日も持つのか(ぐいっ、ぐいっ)。
ならば騒ぐことはない。
十日のうちに、手を打てばよいのだ」

「ですが越後本国に攻め込まれたら」

「その時はわれらも甲府まで攻め込むのみ」

直江景綱、宇佐美定満は本陣を後にしました。

「さすが俺たちの大将は剛毅だなあ」
「なんか、ほんとに勝てる気がしてきたぞ」

足軽たちの士気が上がること、いちぢるしいものがありました。

信玄 茶臼山から海津城へ

報告を受けた信玄は、

「そうであろう。今天文を見るに、東の空に星がこうこうと輝き、
妻女山にかかっていた黒雲もすっかり晴れてしまった。
今は茶臼山を離れ、海津城に入るべし」

8月29日、
武田軍は茶臼山を離れ、
広瀬の渡(長野県長野市松代町柴)にて千曲川を渡り、
海津城に入ります。
移動中、上杉軍は武田軍を攻撃しませんでした。

武田方、海津城へ移動
武田方、海津城へ移動

広瀬の渡
広瀬の渡

啄木鳥戦法

武田勢は海津城にたてこもり、
上杉勢は妻女山にたてこもり、
ふたたびにらみ合いが11日間続きます。

「うーむ政虎め、まだ動かぬか」

妻女山をにらみながらつぶやく武田信玄。
そこへ、家臣の飯富虎昌(おぶとらまさ)・馬塲信春(ばばのぶはる)両名が
意見します。

「わが領内深く入りこまれているのに、
上杉は戦上手だからといってこれ怖れ、手をこまねいていては、
世のあざけりを受けましょう。
一刻も早く攻撃すべきです」

「私も、同じ考えです」

「わしとて考えは同じじゃ。
しかし、戦上手の政虎があえて不利な布陣をしている。
よほどの考えがあるのだろう。
たとえ勝ったとしても、犠牲の多い戦い方は避けたい。
…そうじゃ勘助。勘助」

「ははっ、山本勘助ここに」

「今度の戦、どうすれば犠牲を最小限に抑え、
勝利できようか。策があらば申せ」

「ならば申し上げます。啄木鳥という鳥は
虫を捕るのに正面の穴には目もくれず、
穴の反対側にまわって木をつつき、
虫が驚いて飛び出してきた所を捕まえて食べると申します。

今、御味方二万騎を二手に分け、一万二千を正の備え、
八千を危の備えとし、一万二千の正をもって夜中、
妻女山裏手から攻め寄せます。

啄木鳥戦法 一
啄木鳥戦法 一

さらば勝っても負けても、政虎は妻女山を下り、
千曲川を越え、川中島に出てまいりましょう。

一方、八千の危の備はあらかじめ川中島に布陣し、
妻女山を追われて降りてきた上杉軍を迎え撃つのです。

啄木鳥戦法 二
啄木鳥戦法 二

正面の八千と、背後の一万二千で挟み撃ちにする…

名付けて、啄木鳥戦法」

「なるほど、我らが啄木鳥、
上杉が虫というわけか。これはよい。今度の戦い、
采配は山本勘助に任せる」

そこで山本勘助の采配によって、一万二千名が妻女山に向かうこととなりました。

正の備えたる別働隊は、海津城城代高坂弾正・飯富虎昌(おぶとらまさ)・馬塲信春・真田幸隆をはじめとする10部隊。

奇の備えたる本隊は、武田信玄、信玄の弟信繁、信廉(のぶかど)、嫡男の義信(よしのぶ)・穴山信君(のぶただ)をはじめとする12部隊。山本勘助は信玄のそばに側近として付き添います。

「決行は九月九日」

作戦の手順はこうです。

別働隊1万2千は深夜0時に飯をすませ、1時に海津城を出発。妻女山裏手のふもとに陣取る。本隊8千は千曲川を越え、朝4時頃八幡原に陣取る。そして朝6時、別働隊1万2千は妻女山裏手から攻撃を仕掛け、上杉軍が逃げ出した所を本隊8千と別働隊1万2千で挟み撃ちにするという作戦でした。

啄木鳥戦法 手順
啄木鳥戦法 手順

妻女山の煙

9月9日もようよう暮れ、月がほのかにあらわれる頃、上杉政虎は妻女山の上から海津城を見下ろしていました。

「ん…これは!」

直江景綱、甘粕景持(あまかすかげもち)両名を召し出します。

「あれを見よ。海津城から煙が幾筋も立ち上っている。飯を炊く煙じゃ。
信玄は今夜、攻撃をしかけてくるであろう。甲斐・信濃の軍勢を二手に分け、
一手は今夜、一手は明日攻撃し、挟み撃ちにする策だ」

「お言葉ですが…あれは明日の兵糧の準備。
今夜夜襲は無いでしょう」

「愚かものが。明日の戦の兵糧であれば、もっと夜中に焚くであろう。
まだ宵の口ではないか。こんなに早くから飯を炊くのは、
夜襲の準備をしているのだ。われらは夜討ちの来る前に妻女山を下り、
川中島で敵を迎え撃つ!」

かがり火を強く焚き、旗は紙の旗にさしかえて、いかにも大軍がいる様子を作ります。下々の者へは、明日越後へ戻る。急ぐので夜中の出発もありうると伝達します。

「うひょー。もう帰れるのか」
「戦にならなくてよかった」

真実を告げられていない足軽たちは喜びます。敵の間者がしのびこんでいる可能性を考えて、まず味方を欺いたのでした。

次回「鞭声粛々」に続きます。お楽しみに。

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本日も左大臣光永がお話ししました。ありがとうございます。ありがとうございました。

解説:左大臣光永